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The New York Trilogy (Paul Auster) — paperback review

5月
2008
31
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語彙レベル★☆☆☆|ストーリー★★★☆|知的興奮度★★★★|前提知識☆☆☆☆|対象レベル 英検2級以上|ジャンル 純文学|314p.|英語

ポール・オースター(Paul Auster) を有名にした「New York  3 部作」です。つながっているようで,つながっていない中編小説3本で構成されています。

日本では柴田元幸訳で有名になりました。柴田元幸氏が訳した現代アメリカ小説は,村上春樹が訳したアメリカ小説と並んで,柴田文学とでも言うべき一ジャンルを形成しています。柴田訳で読むのもそれ自体の価値があるでしょうが,ここでは原書を紹介しておきます。

3部作を一冊にまとめた本と,3冊に分冊しているバージョン,それに日本で刊行されているバージョンがあります。日本刊行版は,巻末に語彙がついているのがうれしいかもしれません。

3部作は次の3つで,それぞれの語彙レベルを示しておきます。

  • “City of Glass” (邦題:「シティ・オブ・グラス」) ★☆☆☆
  • “Ghosts” (邦題:「幽霊たち」) ★★☆☆
  • “The Locked Room” (邦題:「鍵のかかった部屋」) ★★☆☆

星を微妙に分けていますが,この中でいちばん語彙レベルを高くした “The Locked Room” でも,ふつうの小説よりはやさしめでしょう。三作のキーワードは,ニューヨーク,小説,探偵。

まず,”City of Glass” は,探偵小説を書く小説家である主人公 Quinn のもとに一本の間違い電話がかかって来ることから始まります。

‘Hello?’ said the voice.
‘Who is this?’ asked Quinn.
‘Hell?” said the voice again.
‘I’m listening,’ said Quinn. ‘Who is this?’
‘Is this Paul Auster?’ asked the voice. ‘I would like to speak to Mr Paul Auster.’
‘There’s no one here by that name.’
‘Paul Auster. Of the Auster Detective Agency.’
‘I’m sorry,’ said Quinn. ‘You must have the wrong number.’
‘This is a matter of utmost urgency,’ said the voice.
‘There’s nothing I can do for you,’ said Quinn. ‘There is no Paul Auster here.’                    (”City of Glass”)

ねっ,おもしろそうでしょ。Quinn を Paul Auster と間違えてかけてきているのですが,Paul Auster とはこの小説の筆者自身なわけです。ここからQuinnは,探偵 Paul Auster となって,ある人物の追跡を始める,というストーリーです。こう書くとひところ流行した,小説自体がネタ,作者と読者自体を主題にした<メタ小説>のように見えるかもしれません。事実そういうところもあり,ポストモダンな小説の一つとして扱われることもありますが,あまり理屈っぽくはなく,迷路のようなストーリーを楽しんで読めると思います。ただし,巻末ですべての謎が解決される推理小説のようなものを期待しているとはぐらかされるかも。

 

二作目の”Ghosts” も探偵の話。ある探偵が謎の人物から依頼を受けて,別の謎の人物の監視を始めます。その監視が何カ月にも及び,次第に監視しているのか監視されているのかわからなくなって...というはなし。

 

三作目の “The Locked Room” では,そこそこ売れた小説家の主人公が,突然消息を絶った少年時代の友人の原稿をその妻から受け取って出版するのですが,主人公は友人の妻と恋におち,その上原稿が大ヒットした後になって死んだと思っていた友人から連絡がきて...。わたしはこれがいちばん好きかな。全体的に村上春樹を思い出させる展開です。

単語レベルを人工的に押さえて,ノン・ネイティブ向けにリライトされているものや,児童・青少年向け文学をのぞけば,この本(とくに “City of Glass”)はこれ以上やさしく書けないというレベルです。この語彙でこれだけの小説が書けてしまうことに驚きます。

 

それと,”City of Glass” にはマンガのバージョンがあります。文字を多くしたアメ・コミというかんじで,特におすすめはしませんが。

 

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by rickie | Posted in いろんな本, 英語を読む | No Comments »

「別の」=「同じ」 ? ( ONE POINT at a time 4)

5月
2008
30
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= another のいろいろな用法 =

another を「別の」という意味で覚えている人が多いようです。もちろんそう訳せることが多いのですが,「別の」で覚えるより,「もう一つの」「もう一人の」という意味で覚えておく方がいい場合が多いと思います。

Buy three CDs and get another completely free. 
「CDを3枚買うともう1枚タダで手に入ります。」

元の意味は, an + other ですから,「ひとつの+他の」ということになりますが,そこからいろんな使い方が出てきます。

 

まず有名なのは, A is one thing and B is another. という公式。直訳すると,「Aはひとつのことであり,Bはもうひとつのことだ」という意味で,そこから「AとBとは別(のこと,の話)だ」と訳せます。

次の日本語の意味になるように,英文の空所に記号を入れなさい。(名古屋経済大)

いい音楽を聞いて楽しむことと,自分でうまく演奏することとは,全く別のことである。
It is (   ) (   ) to (   ) listening to good music, (   ) it is (   ) (   ) to (   ) skillfully yourself.
  ア. another       イ.perform      ウ.enjoy      エ.quite
    オ.thing       カ.while     キ.one  

 

正解 キオ-ウ-カ-エア-イ

It is one thing to enjoy listening to good music, while it is quite another to perform skillfully yourself.

また,another は an + other なのに,後ろに複数形がつくこともあります。

 

We have (            ) to walk before sunset.
(1) another miles ten        (2) another ten miles       (3) ten another miles      (4) ten miles anther  (センター試験)

 

正解 (2)

日が沈む前にあと10マイル歩かなきゃ。

another ten miles あと10マイル,もうさらに10マイル

another + 数 + 複数  あと~   ( another three days あと3日)

 

この文では,10マイルというかたまりがもうひとつ必要というわけでanother を使っています。

 

さて,本題はここから。

He is a good tennis player, and his brother is another.

という文で,彼の弟はテニスが (1) うまい (2) うまくない のどちらでしょうか?

another = 「別」と覚えておくと間違えてしまうのはこういう場合です。「弟は別」と訳すと間違いです。「もうひとつ」と覚えておけば,この文は「彼はテニスがうまいが,弟はもう一人の上手なプレーヤーだ」。となります。(another = another good tennis player )したがって,正解は,(1)です。

この場合,another は「同じような,似たような」と訳せます。

He will become another Einstein.   彼はアインシュタインみたいな人になるだろう。

another は「別」「同じ」という正反対の意味を持っていることになります。

 

【 結論 】

another は「別の」と訳していいこともあるが,「同じような」と訳していいこともある。共通しているのは,「もうひとつの」「もうひとりの」という意味。

 

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by rickie | Posted in 英語ワンポイント | No Comments »

『勉強法が変わる本 – 心理学からのアドバイス』

5月
2008
29
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著者:市川伸一 |出版社:岩波書店(岩波ジュニア新書)|2000年|780円|高校生・教師向け|独断的おすすめ度 ★★★☆

高校生向けの本を集めている「岩波ジュニア新書」の一冊。英語に限らず,全教科の勉強法を扱っている本です。

勉強法についての本は,今年有名大学に合格した先輩が自分の体験から書いている本もあれば,受験業界の人(予備校講師や教務担当者)による本など様々出ていますが,はっきり言ってこれらはかなり癖があります。だってその人の体験が全員に通用する保証はないわけだし,業界の人の本は(かなりいい本もありますが)営業的意図が見え隠れすることもあります。

認知心理学の権威,市川伸一氏によって書かれたこの本は,そういう癖のない,しかも学問的なバックグラウンドをもとに書かれているスタンダードな学習法本になっていて,ある意味でいろんなところの本棚でこのテの本の中ではよく見かける本です。いちばん広く評価されている本と言っていいと思います。「はじめに」の中で筆者はこう言っています。

ぼくが,勉強法の本をいろいろと読んでみて,いちばん問題だと思うのは,著者自身がやってきた方法を,「こうするとよい」と一方的に書きすぎていることだ。

わたしもそう思います。人は自分の体験抜きにして,他人を動かすようなことをいうことはなかなかできないものですが,体験のみで語られると引いてしまうでしょう。自分の体験を客観視することができていないと,言葉は相手に届きません。特に勉強とか大学受験とかはほとんどの(かなり多くの)大人が経てきた体験なので,お互いに矛盾するような勉強法がいろんな人の口から出てきています。勉強法はなんかの宗教ではないので,すぐうのみにしたりせず,納得できそうなものを何回か試して,それでうまくいきそうなら本格的に取り組んでみる,というほうがいい。

さて,学者が自分の専門分野にもとづいて一般の人(つまりここでは高校生)にアドバイスを送ろうとすると,どうしても抽象的なアドバイスになりがちです。この本の筆者もそのことには気づいていて,できるだけ具体的な指針を出そうと工夫しています。でも,高校生の目から見ると,先ほど挙げた先輩たちのアドバイスに比べれば具体性に欠けているように見えるかもしれません。たとえば,数学に関して言っている「手続きから這入ってある程度習熟し,理解力が育ってから理屈を習う」とか,英文読解に関しての「できるだけ能動的に作者の言っていることをつかみとり,『なるほど。そういうことが言いたいのか。おもしろい!』という感じを持つように心がけ」るというようなアドバイスがありますが,「ふーん」という感想で終わってしまうかもしれません。

でも,わたし的にはこれらはとってもいいアドバイスだと思います。ただそれがいいアドバイスと実感できるまでには,かなり本格的な学習経験を積まなければならないかもしれません。

この本は読んで損はありません。できたら一度読んだ時には良さが実感できなかったとしても,何ヶ月かした後でもう一度パラパラめくってみると,「あっ,そういうことか」という発見があると思います。もちろん,今までさんざん苦労して,学習法に意識的になっている人は,一度で実感できるかもしれませんね。

科目別で言うと,「数学は暗記か理解か」とか「小論文作成のスキル」あたりは,特に問題意識がなくても,なかなかおもしろく読めるのではないかと思います。

 

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by rickie | Posted in いろんな本, 勉強法の勉強 | No Comments »

質問力 (2)

5月
2008
28
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「質問しようかな?」と思うってことは,わからない,わかるような気もするがすっきりしない,よーくわかるんだけど既に知っていることとうまくつながらないような・・・そんな何かがあるはずです。まずそれを特定することが,質問をする前にやっておく第一のことになります。

ところが,これがなかなか大変なんですね。「何がわからないかさえ分からない」とよく言いますが,「何がわからないか」が分かっていれば,その気になれば時間はかかっても,ほとんど自分で解決できます。

時々いるのはこんなタイプ。

「センセー,わかんないから,もう一回説明して。」 (こういう子はなぜかタメ口)

「いいよ,どのへん?」

「ぜんぶ。」

「ぜっ,ぜ~ん~ぶ~?」

for-students

何がわからないのか,自分はどこに引っかかっているのか,何にすっきりしないのか,それを見つけることは自分の頭や心を探っていくことと同じです。自分の中のどこかで迷子になっている自分を見つけることです。そう考えると,そっちの方が質問そのものよりもよっぽど難しいし,よっぽどだいじだということもわかりますよね。はっきり言って,質問でおそわった内容なんかそのうち忘れるにきまってますが,質問をするために,自分の中の迷子探しのやり方を身につければ,それは一生モノの技能になります。別に勉強だけではなく,生きていく上でものすごく大切なことです。

 

● 場所を特定する

どこまで分かっていたのか,どこらへんから分からなくなったのか,それを思い出します。本やテキストならもう一回読みなおして,授業ならノートを見ながら教師の言葉をもう一回たどりなおして,このあたりから「あれっ?」と思って,このあたりではぜんぜん分かんなくなった,という場所を見つけます。これだけでほとんど解決,ということもあります。

 

● ことばの問題

テキストや参考書や教師が使っていることばの意味が分からないだけ,ということもあります。授業中はやりにくいけど,授業以外ならそのことばを調べてみましょう。電子辞書でもネットでも紙の辞書でもかまいません。それでもその言葉が分からないときには,別の辞書などにあたってみるのがだいじです。別の角度から説明されると,案外見えてくるものがあります。

 

● 一回リセットする

もういちど,自分を白紙の状態に戻してから,読みなおしたり,授業での説明を思い返したりします。自分の中にあるヘンな思い込みがじゃまをしていることがあるからです。でも,この自分の思いこみに気づくのは実はいちばんむずかしいことかもしれません。

 

● 定義や基本に戻る

これは上のリセットの一部といってもいいでしょう。「そんなこと知ってるよ」と自分では思っていることは多いと思いますが,実は分かっていない,ホントは教師もよく分かっていない,教師どころかまだ学問的に解明できていない,ということもたくさんあります。「そんなの知ってる」と思う方がおかしい場合もあるのです。かんたんなことが実はいちばんむずかしい,というのは全科目,学問と知全体についていえることです。

 

● 既知の知識との衝突

自分では気づきにくいのですが,今まで知っていることとなんか矛盾しているような気がしてわかんなくなった,ということは結構多いのです。人間は今まで知っていることと,新しく知ったことがうまくつながった時に「わかったぞ」という喜びが生まれます。逆につながらないと,「わかんねー」という気になります。だから,今までに知っていることのうち何が,今のわからないポイントとぶつかっているのか,齟齬をきたしているのかがわかれば問題が解決することはよくあります。今まで知っていたことの方が間違っていたということもあります。

 

● メモを取る

何がわからないのかをメモしてみましょう。わからない部分を書き写して ??? マークをつけるだけでもかまいません。さらに,その時思いついた関連事項も書きとめてみるといいでしょう。メモを取るというのは,わからないことを客観的な形にするということで,これができるということ自体かなりの力が必要ですから,思うほどいいメモは書けないものです。でもこれでひらめくこともあります。

 

疑問を持つことは,大チャンス。確実に次への大きなステップになります。疑問を持つことはあなたの知識が欠けている証拠ではなく,あなたがすぐれている証拠です。

 

あれっ,この稿のテーマは「質問」だったはずなんですが,今回は質問に行く前の話ばかりでした。上に書いてあることを全部やったら,質問しようなんて気持ちかとっくに消えているかもしれませんね。まっ,途中で打ち切って,さっさと職員室に行っちゃってもいいですけど。でも,上の一つか二つはチャレンジしてほしいですね。

 

シリーズ [質問力] のもくじ

  1. 質問力 (1)
  2. 質問力 (2)
  3. 質問力 (3)

 

 

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by rickie | Posted in 高校生向け | No Comments »

『英語習得の「常識」「非常識」– 第二言語習得研究からの検証』

5月
2008
27
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著者:白畑知彦・若林茂則・須田孝司 |出版社:大修館書店|2004年|1700円|英語教師・一般向け|独断的おすすめ度 ★★★☆

以前紹介した『外国語学習に成功する人,しない人 – 第二言語習得論への招待』(白井恭弘著 岩波書店)と並んで,第二言語習得論の入門書としていちばん取り上げられることの多い本の一つです。

外国語学習,特に英語学習については世間ではウソとデマがまかり通っています。いくらか学習経験のある人ならすぐにウソだとわかるウソから,いかにもホントらしいウソまで数限りなくあります。ウソがまかりとおっている点ではダイエット法に関するウソとよく似ているのですが,ダイエット法については時々,「あるある納豆事件」のようにウソが指弾される場合もあるのに,外国語学習法については野放し状態です。広告はその表示のしかたにさまざまな規制を受けるはずなのですが,外国語学習産業の広告には,まったくといっていいほど規制も,自己規制もかかっていません。良心的なところも少しはありますが,「楽に身につく」と称しているものは100%ウソと言って間違いないでしょう。

 

ウソがはびこる理由はいくつか考えられますが,

  • ダイエット法とちがって,検証可能な客観的データがとりにくい
  • 誰でも英語を学んだ経験があるので,自分なりの学習観を持つ人が多くて乱立しやすい
  • 特に英語学習は市場規模が大きく,新しいニッチを狙った「新規参入」組が,新しい流行商品を作るのにやっきになっている
  • 同時に外国語(英語)コンプレックスを持つ人も多く,とにかく派手な宣伝文句にとびつきやすい
  • 語学が「できる」「できない」,「マスターする」「していない」の基準がばらばらである
  • 言語能力とは「読む」「書く」「話す」「聞く」や「語彙」「文法」などの技能の複雑に組み合わさった能力であり,さらに「常識」「論理的構成力」,多分野に関する知識などが要求されるが,その一面だけを伸ばすことで語学をマスターしたと誤解しやすい
  • 結局,誰もが努力などしたくないし,楽な方法を求めている

というあたりがその理由だと思われます。

「英語ペラペラ」というのは誰でもあこがれますが,ペラペラに見えてもかなり間違いだらけのペラペラもありますし,間違いはないけど中身もないペラペラもあります。言葉の能力はそんなに簡単に測れるものではありません。

どんなやり方でも,それなりの効果を上げる人はいるものです。ダイエットと同じで,がんばればどんなやり方でも,いくらかなりとも力はつきます。そういう人が「このやり方はすばらしい」と思い込んでしまいます。ほんとうは,「やり方」のせいではなく本人の「がんばり」のおかげなので,別のやり方ならもっと効果を上げていたかもしれないのですが,信者になってしまった人は宣伝する側にまわって,布教活動をはじめてしまうから困ったものです。

さて,この本は世間に出回っている外国語学習についての「常識」を,第二言語習得論の観点から可能な限り学問的に検証することをめざしています。この学問分野自体,歴史は数十年と浅く,まだまだ実証的に検証できていないことが多いのですが,現在の到達点はある程度見渡せるでしょう。

取り上げられている「常識」は次のとおりです。

  1. 「母語は模倣によって習得する」のか?
  2. 「母語習得で誤りの訂正は役に立つ」のか?
  3. 「生まれつき備わっている言語習得能力がある」のか?
  4. 「教科書で習った順番に覚えていく」のか?
  5. 「繰り返し練習すると外国語は身につく」のか?
  6. 「外国語学習は音声から導入されるべき」か?
  7. 「聞くだけで英語はできるようになる」のか?
  8. 「多読で英語は伸びる」のか?
  9. 「教師が誤りを直すと効果がある」のか?
  10. 「日本人学習者もgoedやcomedと発話する」のか?
  11. 「やる気があれば上級学習者になれる」のか?
  12. 「頭のいい人が外国語学習で有利」なのか?
  13. 「物おじしない性格の人は第二言語習得に向いている」のか?
  14. 「第二言語学習者と外国語学習者では習得のしかたが違う」のか?
  15. 「学習者の言語適性はテストで測定できる」のか?
  16. 「言語学習においては女性の方が男性よりも優れている」のか?
  17. 「第二言語学習は幼少期から始めないと遅すぎる」のか?
  18. 「大人になってはじめてはネイティブ並みにマスターできる領域はない」のか?
  19. 「幼いうちなら日本人でも /r/ と /l/ を聞き分けられる」のか?
  20. 「運動機能の衰えが言語習得の到達度に影響する」のか?
  21. 本当に「言語習得の臨界期はある」のか?
  22. 「『英語耳』や『日本語耳』という区別はある」のか?
  23. 「英語は『右脳』で学習する」のか?

たとえば,7 では,「聞くだけで母語話者と同じような英語能力が身につくことはない」,8 では,「辞書を引くことなく,書物をいくらたくさん読んでも読むスピードは向上するだろうが,語彙力が増加したり,文法能力が高まったり,発音能力がよくなったりはしない」,23 では,「英語は右脳のみでは学習できない」と今までの研究成果を踏まえて断定しています。

17 では,「第二言語習得環境で,母語話者と変わらないレベルの言語(文法)能力を全員が身につけるためには,7歳ぐらいまでに言語習得を開始する必要がある」とか「どのような内容の英語教育を実施するかにもよるが,歌ったりゲームをしたりする活動が中心の小学校での200時間程度の『英語学習』は,文法習得の発達に影響を及ぼさない。」と述べていて,現在文科省が進めている方向性へ疑問を呈する形になっています。

もちろん,「じゃあ,それらの研究成果を踏まえて,これからどうしたらいいの?」という疑問に対して明快な答えは出てきません。学問というものはそういうものでしょうし,言語学習という複雑怪奇な設問に対して出てくる明快な答には,眉に唾して聞く必要があります。少なくとも,ある程度明快な答えを出すためには,その時点での学習対象と目的(大学受験・海外旅行・ニュースの聞き取りなど)を限定すること,どのレベルまでを目指すかを明確にすること,などが必要になるのでしょう。

 

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by rickie | Posted in いろんな本, 一般の語学学習, 英語の周辺 | No Comments »

『哲学ということ』 爆笑問題のニッポンの教養

5月
2008
24
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著者: 野矢茂樹・爆笑問題(太田光・田中裕二)|出版社:講談社|2007年|760円|高校生・一般向け|独断的おすすめ度 ★★☆☆

NHKで放映されている「爆笑問題のニッポンの教養」シリーズを書籍化したうちの一冊。一度でもご覧になればおわかりのとおり,爆笑問題が学者を訪ねて教わる,というか爆笑問題(もちろん太田の方が)が学者相手につっこんだり,くってかかったりというのが狙いの番組です。当然それほど深い話が期待できるわけではないですが,太田がうまく突っ込めればそれなりに面白く,かみ合わなければ編集でごまかすしかなくなります。

今回は,いきなり野矢茂樹の「田中さん,太田さん,『心って何?』と聞かれたら何と答えますか   のや」というお題で始まります。太田はテーマが文系関連だと,理系の時の,御説を拝聴させていただきます型態度とはうって変わって,本来のキャラどおり横柄・傲慢と言えそうなくらいの態度で臨むようですね。それはそれでいいのですが,議論はいまいち咬み合いません。でも,咬みあわないまます進んでいくところどころに,哲学的な考え方とはどういうものなのかがかいま見えないわけでもありません。

「日本の哲学は,欧米の哲学の解説・紹介しかしない」と言われ続けて久しくなります。特に日本の哲学者は大陸系(ドイツ・フランス)の影響を強く受けてきましたから,デカルト・カントが,ヘーゲル・マルクスに,それがサルトル・ハイデガー,そしてドゥルーズ・デリダと時代とともに変わっても,コピーとアレンジという基本線はあまり変わらなかったのは確かです。最悪の場合は,哲学=哲学史・思想史的知識となり,「ニーチェが・・・」「フッサールによれば・・・」という name dropping が哲学そのものとなり,「知ること」が「考えること」を抑圧する,という悪しき図式が暗黙のうちに支配してきたようです。その批判は,ひとつにはここ十数年の英米系哲学の流行という形で,あらわれてきました。英米系は,どちらかというと,ということだけど,知識のよろいで身をまとうより,徒手空拳で課題にぶつかるのを好むようです。哲学者は「ものしり博士」であるより,「考える人」であるべきだ,ということになります。

この本に戻ると,哲学者の名前はほとんど出てきません。野矢は,太田と対等の立場で「心とは何か」についての議論を知識としてではなく,先人が何を言ったかではなく,ごくごく普通のことばでゼロから考えようとしているように見えます(ホントはゼロからなんかではないですが)。

野矢: だから一枚岩の「これが心です」って言えるようなものはなくて,世界に入らなかったから,とりあえず心に入れておきましょうみたいな「ゴミ箱」みたいなものになっていると思うの。それが僕らが思っている「心」っていう概念。

この本を読むのに,哲学用語の知識は全く必要ありませんが,彼らの考えの筋道をたどる努力は必要です。それを小さな哲学と呼べなくはないでしょう。後半では,野矢と太田はなんとなく近づいてしまっています。この辺は番組を成立させる爆問の力量なのでしょうか。

最後のインタビュー部分で野矢は「哲学病」について語っています。多少冗談交じりでありますが,哲学者は年季の入った哲学病患者であり,初心者の哲学病患者にアドバイスできることが,哲学の社会的貢献であると。

ここで「哲学病」と言っているのはどういうことなのか説明しにくいけれど,たとえば自分とか他人というもののわけのわからなさ,常識的にあたりまえのことが,自分でも当たり前だとはわかっているけれど,でも何とも言いようのないひっかかりを感じてしまう,そういう経験のことを言っているのだと思います。おそらく誰もがそういう経験を一瞬は感じるでしょうが,ほとんどの人はすぐに忘れてしまいます。それを忘れられなくなるのが「哲学病」なのでしょう。

 

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by rickie | Posted in いろんな本, 学問を知る | No Comments »

ぜんぜん気にしてない ( ONE POINT at a time 3)

5月
2008
23
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= couldn’t + than のない比較級 (やや難)=

まず次の問題を考えてみてください。

例題1

 下線部と同じ意味になるものをひとつ選びなさい。(北里大学)

 On the issue of human rights, I couldn’t agree with you more.

(a) could never agree with you       (b) could partially agree with you
  (c) could totally agree with you      (d) couldn’t understand you

いったい「わたし」はあなたに賛成できると言っているのでしょうか,できないと言っているのでしょうか?直訳で,「もっとあなたに賛成することができなかった」と考えてしまうとわけがわからなくなります。 この直訳は誤りであり,直訳にもなっていません。

couldn’t agree more は「大賛成です」という意味の熟語で,だから答えは(c) というのが正解ですが,熟語だといってしまえば話はそこで終ってしまいます。うーん,なぜこんな意味になるんでしょうか。では,次の問題は?

例題2

次の対話の受け答えとして最も適切なものを選びなさい。(山梨大学)

 How are you? – (                            ).

  (ア) You don’t know how.  (イ) Couldn’t be better.
  (ウ) Tell me about it.      (エ) Nice to meet you, too.

これなら消去法でもできます。正解は(イ)。

理屈を考えてみましょう。

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今回の公式は,could の否定文+thanのない比較級 です。

ポイントは could が過去の話をしているのではなく,仮定法であること。仮定法ではcould + V(原形) や would + V(原形) が現在の意味で使われるのでしたね。だから,ここでも現在の話です。

比較級に than がないことから,比較の対象が省略されていることが分かります。そこでとりあえず適当に「これより」とでも補ってみると,例題1の couldn’t agree more は,「(どんな場合を仮に想定してみても)これ以上賛成なことはありえない」というのが正しい直訳で,これ以上賛成なことがありえないのだから「大賛成」になるわけです。

例題2も,「これ以上元気なことはありえない」ということになって,「(体調は)最高です。」になります。couldn’t + than のない比較級は事実上,肯定の意味の最上級になるということですね。いろいろ応用が可能ですが,よく使われるのは以下のものです。

  • couldn’t be better   最高だ
  • couldn’t be worse   最悪だ
  • couldn’t agree more  大賛成です
  • couldn’t care less    ぜんぜん気にしない

最後のは,less になっていますから,「これより気にする程度が低いものはありえない」→「ぜんぜん気にしない」になります。これらは,理屈で言うと難しいですが,でも山梨大の問題のようにごく日常的な表現です。

 

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by rickie | Posted in 英語ワンポイント | No Comments »

『外国語学習に成功する人,しない人 – 第二言語習得論への招待』

5月
2008
22
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著者:白井恭弘 |出版社:岩波書店(岩波科学ライブラリー)|2004年|1100円|英語教師・一般向け|独断的おすすめ度 ★★★☆

英語やその他の外国語の学習法についての本は,本屋へ行けば山ほどありますし,ネット上なら数え切れないほど存在します(このサイトもそのひとつか)。どの本やサイトもいろいろのアドバイスをしてくれますが,ある意味で情報が溢れすぎていて,これから勉強しようという人たちにとってはどの情報を信じていいのか迷ってしまうかもしれません。言っていることがまちまちで相矛盾していたり,それからブームのようなものもあって時代によってころころと変化していきます。最近は「脳」ということばがタイトルにつけば,科学的という印象を与えるのか,売れ線になっています。(わたしは,「脳なんたら」のつく本は基本的に敬遠していますが)

学習法本にはいくつかのタイプがあって,執筆者で分類すると,

  1. 一応その言語を習得した人(カリスマ・達人)が,後輩に向けて,自分の経験にもとづいて学習法を語る
  2. 語学の教師(学校・塾・予備校等)が,生徒に向けて,教育経験にもとづいて語る
  3. 学者が自分の専門分野に関する知見にもとづいて語る

2のタイプは,受験とかテストといった狭い目標に限定して語られることが多いので,その範囲では大いに参考になると思いますが,広い意味での語学学習については別の観点が必要になります。いちばん多い,そしていちばんあやしげなのも多い(全部あやしいわけではない)のがタイプ1でしょう。1のタイプにはしばしば,自分が習得したやり方がいちばんいい方法だと独断的に信じている傾向が見られます。そういう書き方をしている本も何かのヒントを与えてくれることはよくあるのですが,少なくともうのみにしない方が賢明だと思います。その人にとっていい方法が誰にとっても優れた方法であるという保証はありませんし,語学のプロであっても語学学習・言語習得法のプロではないので,さまざまな方法を客観的に比較検討するという視点では書かれていないから,いきおい主観的・独断的になってしまっているものがあります。

タイプ3に入る学者の専門領域は,「学習とはどういうことなのか」を研究する心理学(認知心理学),「語学を教える」という観点の教育学,「言語を身につけるとはどういうことなのか」を研究する言語学の中の一分野(「第二言語習得論」と呼びます)に分かれます。このタイプは前二者と比べて,より客観的だといえるでしょう。ただし,研究者であって語学の教育者ではないこともあり,「研究の結果はわかったけど,それを踏まえて,じゃあどうしたらいいの」という具体的アドバイスを求めても得られないことがあります。

さて,ここで取り上げている『外国語学習に成功する人,しない人 – 第二言語習得論への招待』という本は,副題にあるとおり第二言語習得論入門という色合いの本です。現在出版されている同系統の本の中ではいちばんポピュラーな本なのではないでしょうか。ひたすら理論を語るのではなく,「日本人はなぜ英語が苦手か」「どういう人が語学学習に成功し,どういう人が成功しないか」「外国語が身につくとはどういうことか」「どんな学習法に効果があるのか」という具体的な発問に対して,理論を紹介しながら考えていくという記述になっていますから,読みやすくまとまっています。

紹介されている理論的な概念には次のようなものがあります。

  • 統合的動機づけ(文化に参加したいという目的の学習)と道具的動機付け(実利目的のための学習)
  • 言語的転移(母語の干渉)
  • 臨界期仮説(n才を過ぎるとネイティブ並みにはなれない)
  • 言語学習適性(母語と第二言語に共通する適性)
  • 日常言語能力(日常会話力)と認知学習言語能力(言語による学習能力)
  • インプット仮説(聞くだけで習得可能)・モニター仮説(習得は無意識に起こり,意識的学習はチェック・モニターの役割のみ)と自動化モデル(意識的学習が自動化・無意識化すれば習得可能)
  • オーディオリンガル教授法(パターンプラクティスによる反復練習)とコミュニカティブ・アプローチ(形式より意味・メッセージ伝達に重点)
  • 中間言語分析(学習者が作り上げている母語と第二言語の中間の言語「体系」)

筆者も述べていますが,「第二言語習得論」は生れて四・五十年の若い学問であり,まだまだ研究成果が上がっていない分野がたくさんあります。言語学の中でもいちばん実用性の高い分野と言えるのに,仮説だらけなのは残念ですが今後に期待できる分野とも言えるでしょう。

 

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by rickie | Posted in 一般の語学学習, 英語の周辺 | No Comments »

質問力 (1)

5月
2008
21
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その昔,某有名予備校の某・超有名講師は質問というものを受け付けなかった。いや,いちおう生徒の質問は聞くのだけれど,それが授業で触れたことであれば,「それはこないだの授業で解説した。聞いていないのは君の責任だから,わたしは答えない。」とけんもほろろの対応だったそうだ。実際その現場を見たわけでも,その先生と面識があったわけでもない(その先生はもう鬼籍に入っている)ので,どこまでホントの話なのかはわかりません。授業で話したことでももっと深く聞きたいという場合もあるわけで,そういう時まで門前払いしたとは思えないから,場合によりけりだったのでしょう。

for-students

こんな対応ががほんとうに可能だったとすれば,それはそれですごいことです。こういう対応をして,なおかつ生徒の信頼を失わないでいるためには,それ以前に生徒との人間的な関係をしっかり作っておくとか,すごい名声があるとか,「まああの先生ならああいう対応もアリか」と思わせるだけの下地がないとなかなか難しいでしょう。

最近ではそういう先生は絶滅しました。最近は,教師も親もメディアも何もかも大人たちは教えすぎる,もっと自分で考えさせなければいけない,ということが言われるようになってから久しいのですが,さまざまな圧力(少子化だから生徒を逃がせない,世間の風当たりが教師に厳しいなどなど)や,大人の側の自信のなさ(自信しかない大人は困りものなのに)のため,生徒にはやさしく,ていねいに,というのが今の教師・おとなの平均値になっています。

生徒に覚えていてほしいことなのですが,おそらく先ほど述べた超有名な先生も,気むずかしい陰険教師も,わたしも含めて,すべての教師は質問されるのは大好きなはずです。そういう種族なんです。授業が終わって,いっぱい質問されて,自分なりにいい回答ができた日にゃあ,ウキウキしながら帰宅できる,逆になーんの質問もなかった日は心にポッカリ穴をあけたまま電車に乗らなければならない,そういう生き物なんです,教師ってのは。

わたしの見る限りでは,これに例外はありません。先ほどの先生のように,逆の意味での教育的配慮から質問を拒否するないし質問に答えではなく,答えのヒントだけしかあげないという場合はありえます。それから,たまーに,質問に怒り出す先生もいます。横から見ているとわかりますが,そういう教師が質問に怒るのは,その質問に答えられなくて(よくあることです),「うーん,わかんないな。調べてみるよ」と言えばいいのに,なぜかそう返事することができない(プライド?)場合でしょう。

そこで,質問する生徒へのアドバイスです。

「質問」というのは,知識が欠けている生徒が,知識と経験豊富な先生に教えていただく,知識のおこぼれをちょうだいする,ということではありません。「質問」というのはコミュニケーションの一種であり,コミュニケーションというのは,見かけはどうあれ,双方が対等でなければ成り立ちません。一見,教える⇔教えられるという力関係があるように見えても(そしてそれにこだわる大人もいますが),心の中で「なんてバカな答え方なんだ」「こいつ質問の意味わかってないぜ」と考える自由があなたにはあります。少なくとも内面的には,対等なプレーヤー同士が行う言葉による質問ゲームです。

対等なのですから,心の中では「上から目線」で質問していいわけです。ことばで上から物を言えば怒られるでしょうが,「この人,この質問の仕方だと答えにくそうだから,ちょっと別の言い方をしてあげよう」とか「あまり追い詰めないで逃げ道を作ってあげよう」とか,あなたの方がオトナの態度で臨んだ方がうまくいくでしょう。言葉づかいは下手に出た方が無難ですが,言葉とは裏腹に,頼りない先生をちゃんと質問に答えられる先生にしてあげよう,くらいの気持ちを持ってかまいません。だいじなのは,先生の教えていただくというより,先生に一緒に考えてもらうことであり,そのためにはどういうふうに話を持っていけばいいのかを考えることです。質問は,一種の交渉みたいなものです。

 

シリーズ [質問力] のもくじ

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by rickie | Posted in 高校生向け | No Comments »

『16歳からの東大冒険講座 [2] 情報/歴史と未来』

5月
2008
20
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東京大学教養学部編 |出版社:培風館|2005年|1300円|高校生・一般向け|210p.|独断的おすすめ度 ★★☆☆

 

東京大学が高校生向けに行っている講座を書籍化したシリーズの第2弾。第1巻目のレビューはこっちです

第1巻は理系ものが多かったのですが,今回は文系が多め。1部の最初の二つだけが理系ネタです。第1巻ほどの発見はなかったな,というのが正直な印象ですが,わたし自身文系の人間ですからそっち系の方が多少知識がある分,評価がきつくなりがちかもしれません。

このシリーズは,文系・理系ごった煮になっていて,文・理を分けた方がどの学部に進学しようか迷っている高校生にはよかったのに...という考え方も当然あるでしょう。逆に文・理を完全に分けてお互いのことは何も知らないという現在のあり方に一石を投じる意味では,これでいいのだという考え方もありえます。まっ,実際には出版社の都合でこうなったんだろうとは思いますが。

この文系・理系の壁・対立の問題で有名なのは,1950年代にイギリスの小説家兼物理学者である C. P. Snow という人が書いた(講演だったかも) “Two Cultures” という文章で,その頃からすでに文理のミゾは問題になっていました。学問は日に日に専門分化していますから,文理両方に精通することはますます難しくなっている一方,そういう人材がますます必要になっていることは確かでしょう。

第2巻のもくじは以下のとおりです。

 

1部 情報

● 携帯電話と情報の世界    川合慧

携帯電話がつながる仕組みをごく簡単にですが解説しています。糸電話は実際は伝わってない!という説にはちょっとびっくり。

 

● ソフトウェアの科学       玉井哲雄

うーん,ソフトのことを全く知らない人には入門にはなるかも。でも,最近は高校の授業でも,もっと高度なことをやっているのでは?

 

● 時計と時間の歴史       橋本毅彦

日本人は電車の発着時刻に見られるように時間に非常にうるさく,細かい...と思われていますが,実は明治時代以前はすごくルーズだったという話がおもしろい。

 

2部 歴史と未来

日米関係の現在と未来    油井大三郎

● 欧州統合を考える       柴宜弘

● 国境紛争から地域統合への道 —中ロ関係の50年—   石井明

この3本は政治・外交史のはなしです。中ロ(中ソを含む)関係史が少し面白い。「学ぶことは自己を解放することだ」というフレデリック・ダグラスのことばが印象的。

 

● 21世紀に読み直す夏目漱石 半藤一利

この人は東大の教師ではなく,漱石研究では有名な作家です。学校の宿直制度は戦前の天皇の御真影(天皇・皇后の写真)を守るためであったそうな。

 

● 馬の世界史 —世界史を再考する—   本村凌二

この人は趣味が競馬だそうです。なるほどね。馬の歴史の本でJRAから賞をもらっている!

 

● 21世紀の日本社会を考える  山脇直司

公共哲学についてです。「滅私奉公」(お国のために国民は犠牲に)でもなく,「滅公奉私」(自分の利益が全て)でもなく,「活私開公」をとなえていらっしゃるのですが,なにぶんこのスペースではちょっと本格的議論は無理ですね。注目すべき分野ですが。

 

● 日本史の謎            三谷博

少しでも日本史をかじっていればおもしろいかな。ここではおもに明治維新の謎について語っています。なぜ武士は自らの身分を葬った(廃藩置県・身分制廃止)のか,なぜ維新という変革が「復古」(王政復古)というシンボルのもとになされたのか。

 

できたら,自分の関心のないものを読んでみるといいと思います。得意な分野を伸ばすことはだいじですが,ひょっとすると得意になれるかもしれないものとの出会いがないままに終わってしまうのもさびしいと思いますよ。

 

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