『英語習得の「常識」「非常識」– 第二言語習得研究からの検証』

著者:白畑知彦・若林茂則・須田孝司 |出版社:大修館書店|2004年|1700円|英語教師・一般向け|独断的おすすめ度 ★★★☆

以前紹介した『外国語学習に成功する人,しない人 – 第二言語習得論への招待』(白井恭弘著 岩波書店)と並んで,第二言語習得論の入門書としていちばん取り上げられることの多い本の一つです。

外国語学習,特に英語学習については世間ではウソとデマがまかり通っています。いくらか学習経験のある人ならすぐにウソだとわかるウソから,いかにもホントらしいウソまで数限りなくあります。ウソがまかりとおっている点ではダイエット法に関するウソとよく似ているのですが,ダイエット法については時々,「あるある納豆事件」のようにウソが指弾される場合もあるのに,外国語学習法については野放し状態です。広告はその表示のしかたにさまざまな規制を受けるはずなのですが,外国語学習産業の広告には,まったくといっていいほど規制も,自己規制もかかっていません。良心的なところも少しはありますが,「楽に身につく」と称しているものは100%ウソと言って間違いないでしょう。

 

ウソがはびこる理由はいくつか考えられますが,

  • ダイエット法とちがって,検証可能な客観的データがとりにくい
  • 誰でも英語を学んだ経験があるので,自分なりの学習観を持つ人が多くて乱立しやすい
  • 特に英語学習は市場規模が大きく,新しいニッチを狙った「新規参入」組が,新しい流行商品を作るのにやっきになっている
  • 同時に外国語(英語)コンプレックスを持つ人も多く,とにかく派手な宣伝文句にとびつきやすい
  • 語学が「できる」「できない」,「マスターする」「していない」の基準がばらばらである
  • 言語能力とは「読む」「書く」「話す」「聞く」や「語彙」「文法」などの技能の複雑に組み合わさった能力であり,さらに「常識」「論理的構成力」,多分野に関する知識などが要求されるが,その一面だけを伸ばすことで語学をマスターしたと誤解しやすい
  • 結局,誰もが努力などしたくないし,楽な方法を求めている

というあたりがその理由だと思われます。

「英語ペラペラ」というのは誰でもあこがれますが,ペラペラに見えてもかなり間違いだらけのペラペラもありますし,間違いはないけど中身もないペラペラもあります。言葉の能力はそんなに簡単に測れるものではありません。

どんなやり方でも,それなりの効果を上げる人はいるものです。ダイエットと同じで,がんばればどんなやり方でも,いくらかなりとも力はつきます。そういう人が「このやり方はすばらしい」と思い込んでしまいます。ほんとうは,「やり方」のせいではなく本人の「がんばり」のおかげなので,別のやり方ならもっと効果を上げていたかもしれないのですが,信者になってしまった人は宣伝する側にまわって,布教活動をはじめてしまうから困ったものです。

さて,この本は世間に出回っている外国語学習についての「常識」を,第二言語習得論の観点から可能な限り学問的に検証することをめざしています。この学問分野自体,歴史は数十年と浅く,まだまだ実証的に検証できていないことが多いのですが,現在の到達点はある程度見渡せるでしょう。

取り上げられている「常識」は次のとおりです。

  1. 「母語は模倣によって習得する」のか?
  2. 「母語習得で誤りの訂正は役に立つ」のか?
  3. 「生まれつき備わっている言語習得能力がある」のか?
  4. 「教科書で習った順番に覚えていく」のか?
  5. 「繰り返し練習すると外国語は身につく」のか?
  6. 「外国語学習は音声から導入されるべき」か?
  7. 「聞くだけで英語はできるようになる」のか?
  8. 「多読で英語は伸びる」のか?
  9. 「教師が誤りを直すと効果がある」のか?
  10. 「日本人学習者もgoedやcomedと発話する」のか?
  11. 「やる気があれば上級学習者になれる」のか?
  12. 「頭のいい人が外国語学習で有利」なのか?
  13. 「物おじしない性格の人は第二言語習得に向いている」のか?
  14. 「第二言語学習者と外国語学習者では習得のしかたが違う」のか?
  15. 「学習者の言語適性はテストで測定できる」のか?
  16. 「言語学習においては女性の方が男性よりも優れている」のか?
  17. 「第二言語学習は幼少期から始めないと遅すぎる」のか?
  18. 「大人になってはじめてはネイティブ並みにマスターできる領域はない」のか?
  19. 「幼いうちなら日本人でも /r/ と /l/ を聞き分けられる」のか?
  20. 「運動機能の衰えが言語習得の到達度に影響する」のか?
  21. 本当に「言語習得の臨界期はある」のか?
  22. 「『英語耳』や『日本語耳』という区別はある」のか?
  23. 「英語は『右脳』で学習する」のか?

たとえば,7 では,「聞くだけで母語話者と同じような英語能力が身につくことはない」,8 では,「辞書を引くことなく,書物をいくらたくさん読んでも読むスピードは向上するだろうが,語彙力が増加したり,文法能力が高まったり,発音能力がよくなったりはしない」,23 では,「英語は右脳のみでは学習できない」と今までの研究成果を踏まえて断定しています。

17 では,「第二言語習得環境で,母語話者と変わらないレベルの言語(文法)能力を全員が身につけるためには,7歳ぐらいまでに言語習得を開始する必要がある」とか「どのような内容の英語教育を実施するかにもよるが,歌ったりゲームをしたりする活動が中心の小学校での200時間程度の『英語学習』は,文法習得の発達に影響を及ぼさない。」と述べていて,現在文科省が進めている方向性へ疑問を呈する形になっています。

もちろん,「じゃあ,それらの研究成果を踏まえて,これからどうしたらいいの?」という疑問に対して明快な答えは出てきません。学問というものはそういうものでしょうし,言語学習という複雑怪奇な設問に対して出てくる明快な答には,眉に唾して聞く必要があります。少なくとも,ある程度明快な答えを出すためには,その時点での学習対象と目的(大学受験・海外旅行・ニュースの聞き取りなど)を限定すること,どのレベルまでを目指すかを明確にすること,などが必要になるのでしょう。

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