発音記号をマスターしておくことは,単語を増やす上での前提条件です。
なのですが...
発音記号にもいろいろな種類があって,またアメリカ英語とイギリス英語では発音に違いがあり,さらに同じ種類の記号体系でも約束ごと(この音を発音してもしなくてもいい場合どう表記するかとか)があって,それらが辞書によって違うことがあります。
とはいえ,日本のメジャーな辞書ではそれほど大きな違いはなく,市販の単語集であればそれをさらに簡略化したものを使っているので,そんなにむずかしくはありません。
学習者用の発音記号については,
→ 発音記号 – おおざっぱに理解しよう
のページに載せておきましたので,参考にしてください。そろそろこれも改訂版を出したいのですが,その準備も兼ねて,かつ入試から離れて少し考えてみます。
いろいろある発音表記の中で,もっとも「権威のある」ものは国際音声字母(国際音声記号) International Phonetic Alphabet です(略して IPA)。しかしこれは本来,音声学で利用されるものであり,つまり地球上のすべての言語のすべての方言も含め,すべての音を正確に記述するために作られたものです。ということは,標準的な英語(「標準ってなに?」という問題は措いといて)の発音を記すのには必要ない記号がいっぱい入っていることになります。/ θ / という記号は英語で使うから目にしたことがあるでしょう(舌先を歯に軽く当てる『ス』)。発音記号の/ a / と/ ɑ /は違う音,なんてことも英語の音を知る上では知っておかなければなりません。辞書によっては,/ i /と/ ɪ /や/ u /と/ ʊ / を区別するものもあります。さらに英語以外では,/ ɥ /, / ʨ /, / ɰ /, / ɕ / といった記号もIPAにはあるのですが,こうなるとどう発音したらいいのか僕にもわかりません。
IPAでは専門的すぎるという理由でしょうか,ふつうの学習用英和辞典ではいくぶんそれを簡略化したものを載せています。各辞典で微妙に違っているのがふつうなので,凡例なので確認しておく必要があります。ジーニアス第4版なら表の見返し(表紙をめくったところ),ルミナスなら巻末にあります。
「発音なんか教わったこともない」という人はざっくりと勉強しておいた方がいいかもしれません。薄い本でCD付きの「ルミナス英和辞典―つづり字と発音解説」(研究社)あたりがお奨め。少し専門的には「ファンダメンタル音声学」(ひつじ書房)か「英語音声学入門」(大修館)ってところでしょうか。あとの2冊はもちろん受験生には必要ありません。学生・教師・一般向けです。
アメリカで出ているアメリカ人向けの辞書(英英)の多くでは,困ったことにIPAやその簡略バージョンが使われず,その辞書の独自ルールで発音を表記しています。 a という文字でIPAの/ æ /を表すことに決めているわけで,新たに覚えるのがかなりめんどくさいしろものです。辞書同士で似ているものもありますが,違うルールで書いてあるものも多いようです。一覧は,アメリカのWikipedia にあります。
→ Pronunciation respelling for English (Wikipedia-en)
それを元に,メジャーなものだけを pdf にしましたので,参考にしてみてください。これも高校生には不要です。
→ アメリカの辞書の発音表記

上のWikipedia のページもそうですが,発音記号をパソコン上で見たり書いたりするために発音記号用のフォントが必要になる場合があります。現在のパソコンの多くはUnicodeを使っているので,あまり意識しなくても発音記号を表記できるかもしれません(環境と設定しだい)。
- ワープロで使うなら,フォントは"Century"や"Arial"(Windowsのばあい)ではなく,"Arial Unicode MS"などのUnicodeフォントを使う。ATOKなどの「文字パレット」でフォントを指定してから,「IPA拡張」のドロップダウンを選択して文字を探す。
- IPA用(かな・漢字・ハングル以外のおもに西洋文字)にはさらに,"Doulos SIL
" "Chrysanthi Unicode
"などのフォントをダウンロードする(無料)という手もある
- ホームページを作るなら,CSSでフォント指定をする。ちなみにWikipediaでは,"IPA"というクラスのCSSは,
/* Support for Template:IPA, Template:Unicode and Template:Polytonic. The inherit declaration resets the font for all browsers except MSIE6. The empty comment must remain. */.IPA { font-family: 'Chrysanthi Unicode', 'Doulos SIL', 'Gentium', 'GentiumAlt', 'Code2000', 'TITUS Cyberbit Basic', 'DejaVu Sans', 'Bitstream Vera Sans', 'Bitstream Cyberbit', 'Arial Unicode MS', 'Lucida Sans Unicode', 'Hiragino Kaku Gothic Pro', 'Matrix Unicode', sans-serif; } .Unicode { font-family: 'TITUS Cyberbit Basic', 'Code2000', 'Doulos SIL', 'Chrysanthi Unicode', 'Bitstream Cyberbit', 'Bitstream CyberBase', 'Bitstream Vera', 'Thryomanes', 'Gentium', 'GentiumAlt', 'Visual Geez Unicode', 'Lucida Grande', 'Arial Unicode MS', 'Microsoft Sans Serif', 'Lucida Sans Unicode', sans-serif; }
となっている。
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著者:白井恭弘 |出版社:岩波書店(岩波新書)|2008年|700円|高校生・英語教師・一般向け|独断的おすすめ度 ★★★☆
外国語はどう学ばれるか,どう学ぶのがいいのかを研究する学問が「第二言語習得論」です。通常,言語学の中の応用言語学という学問の一分野と位置づけられています。
「外国語をどう学ぶか」を考える上では,この学問で明らかにされたこと,されていないことを踏まえないと有益な議論はできないはずですが,専門書以外の一般向けの本はあまり見当たらないのが現状のようです。このサイトで取り上げた本としては,
は,一般の外国語学習者にも役に立つ本だと思います。ここで取り上げる『外国語学習の科学 ― 第二言語習得論とは何か』は,上の『外国語学習に成功する人,しない人』と同じ白井氏の本です。後書きにもあるとおり,この本は『成功する人,しない人』を岩波新書用に書き換えたもので,「続編」とはいえ,内容的にはほとんど重複していますから,どちらかを読めばいいでしょう。こちらの岩波新書の方が全体的には読みやすいかもしれません(それに手に入りやすいですし)。この学問の全体像を手際よくまとめてあり,前著と同様かそれ以上にすばらしい入門書になっています。内容的には,『外国語学習に成功する人,しない人』についての記事をお読みください。
でも,この学問で得られた知見を,ではどうやって具体的に実践したらいいのかは,かんたんに処方箋が出せる問題ではありません。この本でも(前著でも),筆者の観点からの「学習法」の一端が示されていますが,決定版になっているわけではないようです。「教室」でどのような学習が行われるべきかということと,「個人」がどのように学ぶべきなのか(独学)ということは,必ずしも一致しません。さらに高校レベルで何をすべきかとか,それをどう評価すべきか(結局は,大学入試をどうすべきか)とかいう問題が絡み合っています。
ちょっと,教師や生徒や親が個々人のレベルでは手に負えない問題なのですが,まずは議論の共通の土台が必要でしょうし,その意味でもこの分野の学問にはがんばって欲しいところです。
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rickie
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著者:大津由紀雄 |出版社:NHK出版(生活人新書)|2007年|700円|高校生~一般向け|220p.|独断的おすすめ度 ★★★☆
著者の大津由紀雄さんは,慶應大学教授。生成文法系の代表的言語学者であるだけでなく,認知科学,語学教育などの分野で幅広く活動されている方です。MIT大学院で学んだ Chomsky 門下のひとりということになります。
タイトルの「英語学習 7つの誤解」とは,
- 誤解1 英語学習に英文法は不要である
- 誤解2 英語学習は早く始めるほどよい
- 誤解3 留学すれば英語は確実に身につく
- 誤解4 英語学習は母語を身につけるのと同じ手順で進めるのが効果的である
- 誤解5 英語はネイティブから習うのが効果的である
- 誤解6 英語は外国語の中でもとくに習得しやすい言語である
- 誤解7 英語学習には理想的な,万人に通用する科学的方法がある
言うまでもないことですが,これらは「誤解」であり,すべて「誤り」であるというのが筆者の見解です。そして筆者の見解は言語学や英語教育に関わる人たちの間では,必ずしも特殊な意見ではなく,むしろ多数意見に属すると思われますし,わたしも基本的に同意できることばかりです。ところが,「言語学や英語教育に関わる人たち」の周辺にいる人たち,具体的には父兄,産業界,行政,英語教育業界では,その常識と非常識がまったく入れ替わってしまっているのが実情です。
筆者の立論の基礎になっているのは,母語・第二言語・外国語では習得プロセスが違う,という事実であり,「誤解」はこれらを混同することから生じていると考えられます。
上の誤解の多くは,「わたし(日本人)は子どもの時から日本語を自然に身につけた。ゆえに,英語も同じようにして自然に身につけることが可能なはずだ」という暗黙の前提にもとづいています。母語習得と外国語習得は同じだという前提がなければ,少なくとも上の 1 ~ 5 までは成り立ちません。そして筆者はこの母語習得プロセス=外国語習得プロセス という考え方をしりぞけます。
母語(たとえば,日本で,日本語を使いながら生まれ育った人にとっての日本語)と外国語(たとえば,日本で,日本語を使いながら生まれ育った人にとっての英語)は理解しやすいと思いますが,第二言語とは,たとえば日本人の親から生まれて日本語を習得したが,幼少期にアメリカなどの英語環境で何年も暮らした人にとっての英語を言います。一般には,第二言語と外国語を同一と見なすことが多いのですが(逆に言えば,母語獲得 vs 第二言語・外国語獲得 という構図),筆者はむしろ第二言語獲得と母語獲得の以下のような共通点に注目しています。
- その言語に日常的に触れている(母語環境での獲得)
- その言語を運用できないと生活の維持が困難になる
ここでは,母語・第二言語獲得 vs. 外国語獲得 という図式が重視されています。学習プロセスにおいては,ことばに対して意識的な取り組みが必要かどうかが分岐点になります。
外国語は「自然に」身につけることはできず,「意識的に」学習しなければならない,というのが筆者の考えであり,わたしにはたいへん説得力のある議論に思えます。
もちろん,筆者の論理を敷衍すれば,自然に身につけたいという人にも道はあるはずです。それは,外国語としてではなく,第二言語として習得する道です。そのためには,「その言語に日常的に触れる」,つまり英・米・豪・加などのネイティブ環境で,「英語を使えないと生活の維持が困難」になる場に自分を追い込む必要があります。それには日本で築いた関係・地位などを犠牲にしなければならないかもしれず,しかも最低でも数年はかかるでしょうが。
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rickie
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著者:竹内理 |出版社:松柏社|2003年|2500円|英語教師・研究者・一般向け|独断的おすすめ度 ★★☆☆
著者:竹内理 |出版社:草思社|2007年|1500円|高校生・一般向け|独断的おすすめ度 ★★★☆
同じ著者による同じテーマの2冊の本。実は,この2冊は読者対象が違うだけで,中身はほぼ同じといってもいい。
「より良い」が,データをもとにした研究発表の形式であり,「達人」はその研究成果を一般向けにかいつまんで述べたものです。従って,調査方法やデータを含めて知りたいのであれば「より良い」を,結果だけ知りたければ「達人」を読めばいいわけです。
調査目的は,「英語ができるようになった人に共通する学習法はあるのか」ということ。調査対象は3種類で,第二言語習得論の先行研究を踏まえて,
- 英語ができる大学生とできない大学生
- おそらく筆者周辺の,英語の達人たち
- 世間に出回っている「私はいかにして英語の達人となりし乎」といった類の本
を扱っています。「より良い」の第9章で,これらのデータと既存の理論を踏まえた結論を述べていますが,この部分を敷衍して,英語学習者へのアドバイスの形で1冊の本に独立させたのが「達人」です。
調査方法も,そこから導き出されている「学習法」のアドバイスも,ハッタリのない信頼できるものです。たとえば,「学習法」の議論はそもそも万人共通の学習法が存在するのかどうかから出発すべきなのですが,筆者はその前提を踏まえた上で,調査対象から共通項が引き出せるという順当な手順を踏んで議論を組み立てています。その上で,学習者全般だけでなく,初級段階(中~高レベル)に必要なことと,中上級で必要なことを分けていたりと,あたりまえなんだけど実際には雑に扱われることが多い手順をしっかり押さえて考察を引きだしています。
リスニングは初級レベルでは正確さを重視すべきだが,上級では形式的正確さよりも内容重視に移行する傾向が英語の達人には多いパターンであるという記述があります。細かいことをいえば,「達人にはこのパターンが多い」というデータから「学習者はみなこの方法を採用すべき」という結論を引き出すには少し飛躍があるわけですし,私の経験的(データに基づかない)問題意識から言えば,中上級者も正確さ重視の方法を適宜組み込まないと進歩が止まるという感想を持っています。しかし,日本人の学習成功者対象のデータにもとづいたこの種の議論は今までありそうで,案外なかったような気がします。
英語学習法本には,自分の経験だけが最良の学習法であるかのような語り口の本がよく見られますし,そこに売らんがための宣伝文句が加わるとほとんどウソに近いものも存在しますが,この本は安心して全レベルの学習者にお勧めできるでしょう。もちろんその分,「楽にペラペラになれる」「いつのまにかあなたも達人に」といった魔法のような学習法を探している人にはがっかりするようなことしか出ていません。逆にしっかり腰を据えて勉強しようと思っている人,特に英語初心者にはぜひ読んで欲しい本だと言えます。
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著者:小山龍介 |出版社:東洋経済新報社|2008年|1500円|一般向け|独断的おすすめ度 ★☆☆☆
副題には「楽しみながら成果が上がるスキルアップのコツ」とあります。ビジネスマン向けのようですが,受験生にも何か使えるネタはあるかなと読んでみた。
使えるところが全くないというわけではないが,なんだかなあ,という本ですね。奥付の筆者の経歴によれば筆者は1975年生まれ,京大→広告代理店→MBA→現・松竹・松竹芸能ほか,ということで若い多才な(そしてリッチでスマートな)エリートビジネスマンという人物像が浮かんでくるのですが,本書から受ける印象もそのイメージから1ミリもはみ出しません。紹介しているツールのたぐいはどれもお金のかかるものばかりだし,特に検証されずにシータ波やクオリア,フォトリーディング(!)などが方法論やその理論的背景として導入されているし,英語ができることは前提になっているし...
- ノイズキャンセリング機能付きヘッドフォンを紹介していて,おもしろそうなので実際買っちゃいました。筆者は4万いくらのやつを薦めていたのですが,手が出るはずもなく1万のものでガマン。ま,こんなところかな。
- 六本木ヒルズ(!)などの有料自習室を紹介していたので調べてみたが,高いの高くないの。
- ハーブティー,アロマ,お経,腹式呼吸...好きですよね,こういう人ってこういうものが。
- 「夜の散歩でリスニング暗記」...昔からやっとります。
- 「長時間眠る」...生まれたときからやっとります。
- 「まず机のそうじから始める」...すみません。やってませんでした。さっそくやります。
まあ,このサイトはできる限り人の悪口を言わない方針なのでフォローしておくと,役に立つところもけっこうあります。「勉強」というものとある程度以上つきあってきた人なら誰でも知っていることが多いですが,でもこれからやろうという人にはいいかもしれません。ただそういう人にとって難しいかな,と思うのは,ここのアドバイスをどう使い,どう使わないかです。アドバイス自体が正しくても,学習対象(科目),学習段階,個性などによって使えるときと使えないときがあるということは,どんな勉強法でも言えることです。「試験ハック」の章に出ている「問題集は答から読む」とか「正解した問題は二度とやらない」「教科書を逆さまに読む」とかは使えない場合も多いので注意です。「問題集は答から読む」というのは,知識系の科目(地歴公民)などで,かつある程度予備知識を持っていて新たに覚えることはそれほど多くないという場合などはたいへん有効でしょうが,それ以外の場合はどうかなあ。
学習法というものは「人が言うことを鵜呑みにしない」というのがいちばんだいじなことで,それがわかっている人にはこの本も大いに使えるでしょう。
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rickie
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著者:勢古浩爾|出版社: 三五館|2007年|定価 1200円(+ 消費税)|一般向け|独断的おすすめ度 ★★★☆
痛快な書です。
筆者の定義する英語バカとは,「なんの必要もないのに,英語を話せたら『かっこいい』と思い,英語を話す人間を見て『かっこいい』と思い,どうだおれは英語が話せるぞ『かっこいいだろ』と思い,なにが英語ができるだ調子に乗りやがって『ばかやろう』が,と無理矢理蔑む人間はすべて英語バカである。」というものです。わたしなら,これに「本人はペラペラのつもりだけど,中身は低級な英語で無内容な話しかしてない人間」というのを付け加えたいところです。
英語バカを筆者が次から次に執拗なまでに罵倒しなぎ倒していく姿には爽快感さえ覚えます。時々ミソも☓☓もいっしょくた,という感じがしないわけではありませんが,なぎ倒すからにはこうでなくちゃいけません。この筆者の本はこれまでに何冊か読んで,けっこう気に入ってました。本屋でタイトルを見たときには,これまでの筆者の本の系列とちょっと外れている気がして異和感があったのですが,ここまで英語バカにこだわっているからには,筆者自身相当の英語バカでいらっしゃるのかもしれません。そしてあなたも私もたぶん同類でしょう。ってことは,この本は大宅壮一以降(もっと前からか)の伝統を受け継いだ「日本人総英語バカ」論と言えるかもしれません。
おそらく英語教師でこの本の主張,というか罵倒に共感しない人は少ないのではないでしょうか(最近の若い人は知りませんが)。
だが,あなたね,そもそも「中高大と10年も習った」のに,というのが真っ赤なウソなのだ。というより,あまりに人口に膾炙しすぎた錯覚なのである。ちょっと胸に手を当てて,考えてみて。あなた,本当に「10年間」ちゃんと英語を勉強しましたか。毎日一時間でも二時間でもいい,10年やったですか。一年でもいい。やったですか。どこの人間だ,おれは。いやわずか半年でもいい。やっちゃおらんでしょうが。
うむ,わたしもそれが言いたかったです。
でも,日本人の英語レベルの低さについて,なにか教師には責任がないと言っていただいているみたいっていうのが,共感の理由って訳ではありません。「英語バカ」とは結局言葉というものをなめきった存在であり,それにイライラさせられるんですね。
第二言語習得論では,人は「母語習得にほぼ例外なく成功するが,ネイティブ並みという基準で言えば,第二言語習得にはほぼ例外なく失敗する」というのが定説のようです。特筆大書していただきたい。あなたは英語をマスターすることなど確実にできないのです。「マスター」って,何様ですか。かなり早い時期にその言語環境に置かれれば話は別でしょうが,もちろん小学校でお遊戯程度の英語をやったところで何の意味もないでしょう。
ただし,だから英語の勉強はすべきでない,とは言いません。だって好きでやってるんだから。
この本の筆者は,おおかたの日本人にはホントの意味で英語は必要ない,というのを英語バカ批判の,そして英語が苦手な理由の要点としているようです。それ以外にも理由はありそうですが,基本的にそのとおりだと私も思います。そして必要ないけどおもしろいからやる,というのが私が語学学習を勧める理由の要点です。学生時代から「何かの役に立つことなんか勉強してたまるか」と思ってましたからね。ま,あまり世に受け入れられることはないと思いますが。
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著者:山田雄一郎 |出版社:大修館書店|2006年|1600円|英語教師・一般向け|独断的おすすめ度 ★★★☆
英語の教師をやっていればだれでも気づくことのひとつは,日本語の読解能力が高い生徒は,英文読解の能力が高い,少なくともその能力を伸ばしやすい,ということです。文章を読んでいてこういう流れになったなら,次にこういうことを言うはずだ,とか,この言葉は本心ではなく皮肉でいってるんだろうなという推測は,日本語と英語とであらわれ方は違っていても似たようなものだと言えるでしょう。そうしたものを読み取ることを「行間を読める」と呼んだり,「読解力がある」と言っているわけです。日本語の読解力がない日本語を母語とする生徒が,英語を読むときだけ突如としてそういう能力を発揮するなんてことはありえません。
『英語力とは何か』は,英語教育や英語教育政策について精力的に発言している山田雄一郎氏の本で,大書店の英語教育・英語学関連の棚には平積みになっている本です。
大修館「英語力とは何か」より
この本の中で山田氏は,上で述べたような教師や生徒の直感を,「共通基底能力」仮説ということばで説明しています(そして,この本の大前提になっているのがこの仮説です)。これは日本語であれ英語であれ語学能力全般の共通基盤が存在するという仮説で,左の図で言うと,色の濃い三角形に相当します。
山田氏の定義によれば,英語力とは,
英語力=共通基底能力+変換能力(図のb)+英語形式の運用能力(図の表層部分)
であり,この定義にもとづいた英語力の訓練は次の4点に集約されるべきだと考えています。
- 基底能力(知識や経験)の強化(日本語・英語を問わない)
- 英語の出入力チャンネル(直通経路)の形成・強化
- 言語形式に関する知識(文法・語彙)の習得と活性化
- 言語形式を運用する技能の訓練(4技能を中心とする技術的訓練)
これまでの英語の訓練は図のc の部分,つまり伝統的な訳読授業のような英語と日本語を直接対応させる訓練だったが,本当は b の訓練が必要なのだ,というのが山田氏の議論の中心になっていて,ここから具体的な訓練方法をさまざま提示しています。
さて,共通基底能力があるとして,しかし疑問点も残らないわけではありません。たとえば,4技能すべてにおいてこの図式が有効なのかどうか。読解力においてはこの図式はかなり通用すると思いますが,それ以外の話す・聞くといったスキルにおいては,日本語の基底能力とのつながりは見えにくいだろうと思います。おそらく氏はBICS(日常的なやりとりに代表される技能)とCALP(認知的学習のための言語能力)を区別し,読解以外でもCALPの育成を中心に考えているのだと思われます。でもBICSの育成だってなかなか大変なのでは,という気がしないでもありません。
また,わたしの考えでは,基底能力との接続自体がこころもとない状態であり,したがって運用にはほど遠いというのが多くの場合だと思います(イメージとしては左のような)。
でも,英語力をどのように考えて,どのように伸ばしていけばいいのかという方向性について,わたしは基本的に共感できます。語学に関しては世の中にはウソと思いこみがはびこっていますが,この本で提起されていることはきわめて現実的な指針となりえます。もちろんそれを(つまり図式の b の方向性を)どう具体化していくかはまだまだ見えてきません。現場もいろいろ試行錯誤しているのでしょうが,解答らしい解答は見つかっていません。英語だけでなく,日本の教育の在り方全体の問題もあります。そもそも教育に何ができるかという問題もあります。それを言っちゃおしまい,かもしれませんが。
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rickie
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著者:白畑知彦・若林茂則・須田孝司 |出版社:大修館書店|2004年|1700円|英語教師・一般向け|独断的おすすめ度 ★★★☆
以前紹介した『外国語学習に成功する人,しない人 – 第二言語習得論への招待』(白井恭弘著 岩波書店)と並んで,第二言語習得論の入門書としていちばん取り上げられることの多い本の一つです。
外国語学習,特に英語学習については世間ではウソとデマがまかり通っています。いくらか学習経験のある人ならすぐにウソだとわかるウソから,いかにもホントらしいウソまで数限りなくあります。ウソがまかりとおっている点ではダイエット法に関するウソとよく似ているのですが,ダイエット法については時々,「あるある納豆事件」のようにウソが指弾される場合もあるのに,外国語学習法については野放し状態です。広告はその表示のしかたにさまざまな規制を受けるはずなのですが,外国語学習産業の広告には,まったくといっていいほど規制も,自己規制もかかっていません。良心的なところも少しはありますが,「楽に身につく」と称しているものは100%ウソと言って間違いないでしょう。
ウソがはびこる理由はいくつか考えられますが,
- ダイエット法とちがって,検証可能な客観的データがとりにくい
- 誰でも英語を学んだ経験があるので,自分なりの学習観を持つ人が多くて乱立しやすい
- 特に英語学習は市場規模が大きく,新しいニッチを狙った「新規参入」組が,新しい流行商品を作るのにやっきになっている
- 同時に外国語(英語)コンプレックスを持つ人も多く,とにかく派手な宣伝文句にとびつきやすい
- 語学が「できる」「できない」,「マスターする」「していない」の基準がばらばらである
- 言語能力とは「読む」「書く」「話す」「聞く」や「語彙」「文法」などの技能の複雑に組み合わさった能力であり,さらに「常識」「論理的構成力」,多分野に関する知識などが要求されるが,その一面だけを伸ばすことで語学をマスターしたと誤解しやすい
- 結局,誰もが努力などしたくないし,楽な方法を求めている
というあたりがその理由だと思われます。
「英語ペラペラ」というのは誰でもあこがれますが,ペラペラに見えてもかなり間違いだらけのペラペラもありますし,間違いはないけど中身もないペラペラもあります。言葉の能力はそんなに簡単に測れるものではありません。
どんなやり方でも,それなりの効果を上げる人はいるものです。ダイエットと同じで,がんばればどんなやり方でも,いくらかなりとも力はつきます。そういう人が「このやり方はすばらしい」と思い込んでしまいます。ほんとうは,「やり方」のせいではなく本人の「がんばり」のおかげなので,別のやり方ならもっと効果を上げていたかもしれないのですが,信者になってしまった人は宣伝する側にまわって,布教活動をはじめてしまうから困ったものです。
さて,この本は世間に出回っている外国語学習についての「常識」を,第二言語習得論の観点から可能な限り学問的に検証することをめざしています。この学問分野自体,歴史は数十年と浅く,まだまだ実証的に検証できていないことが多いのですが,現在の到達点はある程度見渡せるでしょう。
取り上げられている「常識」は次のとおりです。
- 「母語は模倣によって習得する」のか?
- 「母語習得で誤りの訂正は役に立つ」のか?
- 「生まれつき備わっている言語習得能力がある」のか?
- 「教科書で習った順番に覚えていく」のか?
- 「繰り返し練習すると外国語は身につく」のか?
- 「外国語学習は音声から導入されるべき」か?
- 「聞くだけで英語はできるようになる」のか?
- 「多読で英語は伸びる」のか?
- 「教師が誤りを直すと効果がある」のか?
- 「日本人学習者もgoedやcomedと発話する」のか?
- 「やる気があれば上級学習者になれる」のか?
- 「頭のいい人が外国語学習で有利」なのか?
- 「物おじしない性格の人は第二言語習得に向いている」のか?
- 「第二言語学習者と外国語学習者では習得のしかたが違う」のか?
- 「学習者の言語適性はテストで測定できる」のか?
- 「言語学習においては女性の方が男性よりも優れている」のか?
- 「第二言語学習は幼少期から始めないと遅すぎる」のか?
- 「大人になってはじめてはネイティブ並みにマスターできる領域はない」のか?
- 「幼いうちなら日本人でも /r/ と /l/ を聞き分けられる」のか?
- 「運動機能の衰えが言語習得の到達度に影響する」のか?
- 本当に「言語習得の臨界期はある」のか?
- 「『英語耳』や『日本語耳』という区別はある」のか?
- 「英語は『右脳』で学習する」のか?
たとえば,7 では,「聞くだけで母語話者と同じような英語能力が身につくことはない」,8 では,「辞書を引くことなく,書物をいくらたくさん読んでも読むスピードは向上するだろうが,語彙力が増加したり,文法能力が高まったり,発音能力がよくなったりはしない」,23 では,「英語は右脳のみでは学習できない」と今までの研究成果を踏まえて断定しています。
17 では,「第二言語習得環境で,母語話者と変わらないレベルの言語(文法)能力を全員が身につけるためには,7歳ぐらいまでに言語習得を開始する必要がある」とか「どのような内容の英語教育を実施するかにもよるが,歌ったりゲームをしたりする活動が中心の小学校での200時間程度の『英語学習』は,文法習得の発達に影響を及ぼさない。」と述べていて,現在文科省が進めている方向性へ疑問を呈する形になっています。
もちろん,「じゃあ,それらの研究成果を踏まえて,これからどうしたらいいの?」という疑問に対して明快な答えは出てきません。学問というものはそういうものでしょうし,言語学習という複雑怪奇な設問に対して出てくる明快な答には,眉に唾して聞く必要があります。少なくとも,ある程度明快な答えを出すためには,その時点での学習対象と目的(大学受験・海外旅行・ニュースの聞き取りなど)を限定すること,どのレベルまでを目指すかを明確にすること,などが必要になるのでしょう。
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著者:白井恭弘 |出版社:岩波書店(岩波科学ライブラリー)|2004年|1100円|英語教師・一般向け|独断的おすすめ度 ★★★☆
英語やその他の外国語の学習法についての本は,本屋へ行けば山ほどありますし,ネット上なら数え切れないほど存在します(このサイトもそのひとつか)。どの本やサイトもいろいろのアドバイスをしてくれますが,ある意味で情報が溢れすぎていて,これから勉強しようという人たちにとってはどの情報を信じていいのか迷ってしまうかもしれません。言っていることがまちまちで相矛盾していたり,それからブームのようなものもあって時代によってころころと変化していきます。最近は「脳」ということばがタイトルにつけば,科学的という印象を与えるのか,売れ線になっています。(わたしは,「脳なんたら」のつく本は基本的に敬遠していますが)
学習法本にはいくつかのタイプがあって,執筆者で分類すると,
- 一応その言語を習得した人(カリスマ・達人)が,後輩に向けて,自分の経験にもとづいて学習法を語る
- 語学の教師(学校・塾・予備校等)が,生徒に向けて,教育経験にもとづいて語る
- 学者が自分の専門分野に関する知見にもとづいて語る
2のタイプは,受験とかテストといった狭い目標に限定して語られることが多いので,その範囲では大いに参考になると思いますが,広い意味での語学学習については別の観点が必要になります。いちばん多い,そしていちばんあやしげなのも多い(全部あやしいわけではない)のがタイプ1でしょう。1のタイプにはしばしば,自分が習得したやり方がいちばんいい方法だと独断的に信じている傾向が見られます。そういう書き方をしている本も何かのヒントを与えてくれることはよくあるのですが,少なくともうのみにしない方が賢明だと思います。その人にとっていい方法が誰にとっても優れた方法であるという保証はありませんし,語学のプロであっても語学学習・言語習得法のプロではないので,さまざまな方法を客観的に比較検討するという視点では書かれていないから,いきおい主観的・独断的になってしまっているものがあります。
タイプ3に入る学者の専門領域は,「学習とはどういうことなのか」を研究する心理学(認知心理学),「語学を教える」という観点の教育学,「言語を身につけるとはどういうことなのか」を研究する言語学の中の一分野(「第二言語習得論」と呼びます)に分かれます。このタイプは前二者と比べて,より客観的だといえるでしょう。ただし,研究者であって語学の教育者ではないこともあり,「研究の結果はわかったけど,それを踏まえて,じゃあどうしたらいいの」という具体的アドバイスを求めても得られないことがあります。
さて,ここで取り上げている『外国語学習に成功する人,しない人 – 第二言語習得論への招待』という本は,副題にあるとおり第二言語習得論入門という色合いの本です。現在出版されている同系統の本の中ではいちばんポピュラーな本なのではないでしょうか。ひたすら理論を語るのではなく,「日本人はなぜ英語が苦手か」「どういう人が語学学習に成功し,どういう人が成功しないか」「外国語が身につくとはどういうことか」「どんな学習法に効果があるのか」という具体的な発問に対して,理論を紹介しながら考えていくという記述になっていますから,読みやすくまとまっています。
紹介されている理論的な概念には次のようなものがあります。
- 統合的動機づけ(文化に参加したいという目的の学習)と道具的動機付け(実利目的のための学習)
- 言語的転移(母語の干渉)
- 臨界期仮説(n才を過ぎるとネイティブ並みにはなれない)
- 言語学習適性(母語と第二言語に共通する適性)
- 日常言語能力(日常会話力)と認知学習言語能力(言語による学習能力)
- インプット仮説(聞くだけで習得可能)・モニター仮説(習得は無意識に起こり,意識的学習はチェック・モニターの役割のみ)と自動化モデル(意識的学習が自動化・無意識化すれば習得可能)
- オーディオリンガル教授法(パターンプラクティスによる反復練習)とコミュニカティブ・アプローチ(形式より意味・メッセージ伝達に重点)
- 中間言語分析(学習者が作り上げている母語と第二言語の中間の言語「体系」)
筆者も述べていますが,「第二言語習得論」は生れて四・五十年の若い学問であり,まだまだ研究成果が上がっていない分野がたくさんあります。言語学の中でもいちばん実用性の高い分野と言えるのに,仮説だらけなのは残念ですが今後に期待できる分野とも言えるでしょう。
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rickie
| Posted in 一般の語学学習, 英語の周辺 |
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著者:黒田龍之助 |出版社:角川書店(新書・角川oneテーマ21)|2008年|686円|一般向け(特に語学が好きなのに上達しない人)|独断的おすすめ度 ★★★☆
このブログでも何回か名前を出した,黒田龍之助さんの一般向け,特に語学で失敗した人向け(ってことでしょうね,このタイトルは)の語学学習法本です。
英語中心ではない,多言語のバックグラウンドを持った人が書いた学習本という点で,前に取り上げた渡辺照宏「外国語の学び方」,千野栄一「外国語学習法」と同じ方向性の本ですが,書き方はずっと軽いというか,ノリのいいというか,今風の文体です。
黒田さんは専門はロシア語(NHKのテレビ・ラジオのロシア語講座担当)ですが,スラブ語系言語全般に通じていて,学んだ経験は数十カ国語だそうです。
第1章 語学がいっぱい
第2章 語学を続けるために
第3章 語学の「常識」を疑う
第4章 理想の語学教師をめざして
第5章 語学のプロは修行する
第6章 たとえば英語学習をやめてみる
第4, 5章は一見,プロ向けのようにも見えますが,自分たち語学教師は何をやっているかをとおして,一般の学習者へのアドバイスを送っています。
こういう本は,その本に書かれているメソッドを忠実に実行するためのものというよりも,何らかのヒントやインスピレーションを得るためのものです。その意味では,この本からは数多くいろんなヒントが得られるだろうと思います。
● 語学には時間がかかる
少なくとも「あっという間」に上達することは絶対にありえない。
だから,そういうことを謳っている語学書とか会話学校は,はっきりいって詐欺である。
● メソッドなんて似たり寄ったり
語学のメソッドは多種多様だ。いろんなやり方がある。新しい方法もつぎつぎと生まれている。
でも,結局は似たり寄ったりなのだ。
(…)
少なくとも,語学メソッドに決定版はない。あったら,みんながその方法で上達するはずだし,そうすれば語学に悩む人が誰もいなくなるはず。
● 「語学適齢期節」(いわゆる「臨界仮説」=「子どものころから始めないと上達しない」)について
ところが,こういう語学適齢期節をむしろ積極的に信じたがる人もいる。なぜだろう。ひっっとすると,一部の人にとっては,そのほうが都合がいいのではないか。
語学は子供の頃から始めなければ上達しない。しかしわたしはすでに子どもではない。したがって,私は語学が上達しない。上達しなくても,わたしが悪いわけではない。
こういう結論を望んでいる人がいるように思えてならない。
ここにあげたのは,ふだんからわたしも思っていることで,無条件で賛成な部分です。というか,賛成できないところはあまりない。一般向けということもあって,意見が分かれそうなところには深入りしていませんし。その他,「教えない教師」の勧めとか,「英語学習が思うように進まない人はいったん英語を中断して,別の言語をやってみる」とか,ユニークな提案もあります。
黒田さんの本で一貫しているのは,多言語学習を奨励していること,しかも役に立つからというよりそれが楽しいから。上達しないかもしれないけど,学ぶことに意味がある,そういう主張です。多言語を知らないと見えてこないものがあるのは確かです。私自身もいくつかやってきましたが,身についていないにせよ,何か新しい地平が開けるような気がしました。ただし,わたしは語学に対して愛憎両方あるのですが,それはまた別のはなし。
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rickie
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