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『外国語学習の科学 ― 第二言語習得論とは何か』

3月
2009
17
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著者:白井恭弘 |出版社:岩波書店(岩波新書)|2008年|700円|高校生・英語教師・一般向け|独断的おすすめ度 ★★★☆

外国語はどう学ばれるか,どう学ぶのがいいのかを研究する学問が「第二言語習得論」です。通常,言語学の中の応用言語学という学問の一分野と位置づけられています。

「外国語をどう学ぶか」を考える上では,この学問で明らかにされたこと,されていないことを踏まえないと有益な議論はできないはずですが,専門書以外の一般向けの本はあまり見当たらないのが現状のようです。このサイトで取り上げた本としては,

は,一般の外国語学習者にも役に立つ本だと思います。ここで取り上げる『外国語学習の科学 ― 第二言語習得論とは何か』は,上の『外国語学習に成功する人,しない人』と同じ白井氏の本です。後書きにもあるとおり,この本は『成功する人,しない人』を岩波新書用に書き換えたもので,「続編」とはいえ,内容的にはほとんど重複していますから,どちらかを読めばいいでしょう。こちらの岩波新書の方が全体的には読みやすいかもしれません(それに手に入りやすいですし)。この学問の全体像を手際よくまとめてあり,前著と同様かそれ以上にすばらしい入門書になっています。内容的には,『外国語学習に成功する人,しない人』についての記事をお読みください。

でも,この学問で得られた知見を,ではどうやって具体的に実践したらいいのかは,かんたんに処方箋が出せる問題ではありません。この本でも(前著でも),筆者の観点からの「学習法」の一端が示されていますが,決定版になっているわけではないようです。「教室」でどのような学習が行われるべきかということと,「個人」がどのように学ぶべきなのか(独学)ということは,必ずしも一致しません。さらに高校レベルで何をすべきかとか,それをどう評価すべきか(結局は,大学入試をどうすべきか)とかいう問題が絡み合っています。

ちょっと,教師や生徒や親が個々人のレベルでは手に負えない問題なのですが,まずは議論の共通の土台が必要でしょうし,その意味でもこの分野の学問にはがんばって欲しいところです。

 

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by rickie | Posted in いろんな本, 一般の語学学習, 勉強法の勉強 | No Comments »

センター試験対策 (2009年1月実施分 向け)

1月
2009
8
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センター試験が目前に迫っています。

国公立志望,センター利用の私大志望の人は,私大や個別試験向けの勉強を中断して,センター対策一本でしばらく過ごすことになります。

とはいえ,直前ですから英語でやれることは数少ないでしょう。単語・熟語をチェックすること,時間配分をどうすべきかを過去問で体験しながら作戦を練ること,苦手なタイプの問題を克服しておくことくらいです。

センター試験の出題傾向は,だいたい同じ傾向が数年続いたり,けっこう大きな変化する年もあったりで読みにくいのですが,昨年度は比較的大きな変化があったので,今年度は昨年と同傾向がつづくと見ておいていいと思います。むろん傾向が変わる可能性もなくはないので,「第1問に××分,第2問に××分」なんてこまかい時間配分計画をしてしまうと,傾向変化に対応できず,かえって逆効果です。ちょっとした傾向の変化にパニくる人が意外に多いので気をつけてください。

個々の問題の対策に関しては,昨年度のセンター対策ページに載せたことが有効だと思いますので,参考にしてください。

そのページにあるおもなポイントを再掲しておきます。

● 文強勢問題の基本 (昨年度はもっとかんたん)

  1. 対比されている箇所は,強く読まれる。前に言われている内容を訂正する語も強い。
  2. 対比されていなければ,代名詞,前置詞,冠詞,助動詞,接続詞などは弱く読まれる。ただし,文末の助動詞は強い。
  3. 疑問文の答えは強い。
  4. 新情報(会話の中ではじめて出てきた内容)は強く,旧情報(会話の中ですでに前で述べられている内容)は弱い。

● 会話文問題の基本

  1. ( ) の部分とその前後(特に後ろ)で,
    1. 指示語,代用表現が対応するか?
      たとえば,( )の後ろにitがあれば,それに当たる語が( )にあると考えられる。
      代名詞以外でも,here, there, so, such, too, alsoなどに注意
    2. 代動詞のdo(does, did)も前に対応する動詞があるはず。
    3. 疑問詞で始まる疑問文は,Yes-No では答えられない。
    4. 省略された表現があれば,その直前の表現を補えるはず。それを補える選択肢が正解
  2. 会話の決まり文句を覚えておく。
  3. もし,選択肢のどちらでも言えそうかな?と迷ったら,論理的に飛躍がないものを選ぶ。
    英語は日本語よりも理屈っぽい言語なので,飛躍が少ない。たとえば,
    「昨日あのドラマ見た?」に対する答えとしては,「疲れて寝てた。」より,「いいえ,見ませんでした。疲れて寝てたから。」のほうが飛躍が少ない。

● 整序英作文問題の基本

  1. まずVを探す。それを使う熟語はないか?そのVの語法はどうだったか?を考える。
  2. 部品を先に作っておく。たとえば,助動詞の次は原形,前置詞の次は名詞。ただし,間に何かが入るかもしれない。
  3. it が選択肢にあれば,形式主語や形式目的語,強調構文を疑う。
  4. 無生物主語構文に注意。(物のS+V(使役系)+人のO….)
  5. S+Vが2組あるのに,接続詞が一つもなければ,関係詞の省略を疑う。(接続詞のthatの省略も多い)

 

昨年度は,最後の長文が小説文ではなく,論説文(的)な文章に変わりました。注意すべきは,昨年度の第6問の問5にある,文章全体の段落構成を問う問題。今年もいちおうこの傾向が続くと見ていいでしょう。

長文を読み始める前にまず設問を見てどのような問題があるのかを確認し,段落構成を問う問題があれば,長文を読みながらパラグラフごとに余白にでもそのパラグラフの内容を簡単にメモしながら読んでいくと比較的楽にできるでしょう。段落のテーマは最初に書かれている可能性が高いこと,例が出てきたら,「何を説明するための例か?」を考えながら読むこと,などが心得ておくべきことです。センターレベルの現代文(論説)で,段落構成の図式化の練習をしておくといいでしょう。

 

センターは「高3生が最初に受ける入試」ということもあって,実力が発揮しきれない場合が多いものです。前半で時間取られすぎたり,小さいミスにたじろいでしまってそれが大きなミスを連鎖的に引き起こす,というのがよくある失敗パターンです。小さいミスをしても,一つ深呼吸でもして「まだまだ」という気合いでがんばってください。

 

昨年度(2008年1月実施分向け対策)は,こちら

 

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by rickie | Posted in 未分類 | No Comments »

ノートは美しいか? (ノートのはなし 2)

12月
2008
3
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「東大合格生のノートはかならず美しい」(太田あや著 文藝春秋)という本がある。売れに売れている,というはなしだ。近所の本屋ではレジ前に平積みである。

それにしても,なタイトルではある。まあ,タイトルをつけるのは著者ではなく編集者だろうから,そして昨今は(昔から?)タイトルと企画力と営業力で売り上げは決まってしまうだろうから,文句を言うのも大人げない気はするが,中身も東大,東大とけっこううるさい。タイトルが「東大生の」ではなく「東大合格生の」になっているのは,東大に合格しながら他の大学に行った人を含めているのかな,と思ったが出てくるのは東大生ばかりで,「合格」をつけているのはこの本のターゲットが受験生であることを示しているにすぎないらしい。「『これは使える!』と学生のみならず大人からも大反響!」というのがうしろの帯に踊る文句だが,この程度のことに大人が大反響してはいけません。でもきっと買っている人の大半は大人なのだろうな。

結論から言えば,悪い本ではない。

「ああしろ,こうすべき」という教師目線ではなく,学生(「東大合格生」)の声とノートの写真を中心に構成している。高校生なら,ノートの写真を眺めるだけでも参考にはなる。おまけに,そのノートたちがたいして美しくないところがよい。

筆者は「東大合格生」のノート収集から「7つの法則」を引き出している。いわく,

  1. とにかく文頭は揃える
  2. 写す必要がなければコピー
  3. 大胆に余白をとる
  4. インデックスを活用
  5. ノートは区切りが肝心
  6. オリジナルのフォーマットを持つ
  7. 当然,丁寧に書いている

うーむ。ま,よろしいんじゃないでしょうか。あたりまえのこと,と言ってもいいのだが,確かに当たり前のことしか書きようがない。

1.は文頭を揃えると言うより,インデントを意識する,の方がいいかな。

2.はそのとおり。英語の長文を書き写す必要はない。

3. や 5. は,案外,生徒に浸透していないことかもしれない。ぎゅうぎゅう詰めに書く生徒は多い。

4.は科目によっては必要ない。

7.はどうかな。ノートの丁寧さ,まして美しさは,成績と比例しない場合が多いような気がする。

6. が肝心なのだが,こればかりは試行錯誤するしかない。

自分の経験から言っても,高校生くらいの勉強というものは,じつはかなりの部分,事務的な手作業に時間を取られている。試行錯誤も含め,学習そのものより,学習スキルの体験学習という意味合いが大きい。勉強法を勉強することに時間が取られているし,それはしかたのないことだと思う。その体験学習を自力で積み上げることもだいじではあるが,教師や先輩や同級生から伝わる,「盗む」という形で昔からスキル教育は行われてきた。人のノートを借りて,「あっ,これ自分もやってみよう」とかである。

今の世の中は至る所で経験伝承のパイプが詰まっているようなので,そういう基礎的なスキルに無知(ならまだいいが,無関心)のまま大学生になってしまう人が多いのだろう。

もちろん,ノートは科目によってずいぶんと違うものになるはずだ。体系的な知識を伝授することに重点が置かれる理科,社会(地歴,公民)は,ノートも必然的に体系的になる。「美しい」と呼べるノートが出現するのもたいていこの分野だ。それにくらべ,演習が中心になる英語・数学はフォーマットが決めにくい。左のページに長文をコピーして貼り付け,右に教師の説明を書く,なんてのが一般的だが,長文の長さや難易度が変わるとバランスがとたんに崩れてしまう。この本に載っている英数のノートも,かなり乱れていたり,特に珍しくもないノートだったりするのだが,それは科目特性から考えて当然のことだと思う。予習に重点を置くか,復習の便宜を考えるかでも違ってくる。

ノートをきれいにすれば成績が上がるわけではない。ただ,ノートについて考えることは,勉強にどう向き合うかを考えることに等しいので,その態度の変化が成績に反映するのは当然のことだ。ノートはそれを考える手がかりとしては重要であることに間違いはない。

 

シリーズ [ノートのはなし] のもくじ

  1. 黒板としてのテレビ画面 (ノートのはなし 1)
  2. ノートは美しいか? (ノートのはなし 2)

 

 

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by rickie | Posted in 学習アドバイス, 高校生向け | No Comments »

黒板としてのテレビ画面 (ノートのはなし 1)

11月
2008
21
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バラエティ番組で芸人の発言に字幕スーパーがつくようになったのはいつ頃からだろうか。

インテリからは軽蔑の対象でしかないお笑い番組だが,僕はけっこう好きな方の部類に入るだろう。その番組の出演者のやりとりの核心部分が,よく字幕としてスーパーインポーズされる。昔はそんなものはなかった。ただ耳で聞いて笑うだけだ。これが始まったのは,まったく個人的印象に過ぎないのだが,どうも1995年頃だったような気がする。

当時はオウム真理教事件の渦中で,テレビは朝から晩まで「オウム」で明け暮れていた。番組には教団関係者,元信者たちの内部暴露インタビューがあふれていていたが,当然その告発者たちの顔は映されず,音声は加工されている。聞きにくい音声だから,画面の下にはその発言がテロップとして文字で表示される。そんな番組を次から次へと見て,ふとチャンネルをバラエティに切り替えると,そこでも同じことを始めていることに気づいたのだ。「ここで笑ってください」と言わんばかりに,オチは色つきの文字で大書されていた。

あっ,テレビが予備校化している,その時最初に感じたのがこれだ。

予備校というところは(今は高校も予備校化してしまったので同じようなものだが),耳で聞けばわかることをわざわざ黒板の上に文字や図やチャートとして見せてあげる業者である。生徒からのアンケート(予備校講師の最大の関心事)には,「板書はわかりやすいか」という項目があるところもある。いかにわかりやすい板書をするかに教師生命を賭けいてるの,とでも言いたくなる教師もいる。これが重視されるようになったのも,さかのぼっても1980年代後半ぐらいからだろうか。

べつにテレビや予備校に限ったことではない。わかりやすいことが最大の価値であり,そのためには耳よりも目に対する訴求力に頼る,というのが近年の傾向といっていいだろう。ちまたの書店には「図解のしかた」「ビジュアル化」「見える化」(!)を殺し文句にした本があまたころがっている。情報の受信者が,耳で聞いたことを自分で再構築し,重要だと自分が感じたことをそこから抽出し,必要なら自分で図解するというよりも,発信者側が,あらかじめ枝葉を切り落としてエッセンスをわかりやすく提示することが重視される,そういう時代であるらしい。どうも「聞いて理解する」という能力は退化し始めているようだ。

 

年寄りは昔話ばかりする。まだ老人の一,二歩手前だと思っているが,昔話ついでである。

僕が通った中学校は私立中でカリキュラムが独自のものだったので,中学から漢文やら微積分やらをやらされた。中一の時の社会は「地理」を扱い,先生は「ジロリンタン」というあだ名の,ギョロッとにらみつける目のこわいおじいさん先生で,僕のクラスの担任でもあった。

授業は彼の古いノートを読み上げていくだけで,気が向いたら地名ぐらいは黒板に書いたが,それ以外は余談もなく,おそらく毎年同じ内容をなぞっていく退屈な授業だった。体制の転覆も,国名の変化もない,「冷戦」という奇妙に安定した時代だったのである。それでも,中一である。その退屈きわまりない授業を退屈と思わず(きっと思ったんだろうが,退屈の責任は退屈だと思う自分の方にある,と考えられていた),誰も文句も愚痴も言わず,ジロリンタンのことばをノートにただただ書き留めていった。中学からの勉強はそれまでとはまったく違う「学問」の入り口だという信仰がまだ生きていたように思う。いまでは消えてしまったが,授業で書き取ったノートを家でまとめ直す「ノート整理」などということばも健在であった。むろん成り行きでは入れてしまった有名私立の中学生としての矜恃もあっただろうが,当時は多かれ少なかれどんな授業でも同じようなものだったのだ。そして,一年間しわがれ声をノートに文字化していくことで,自分なりのノートの取り方が確立していったのではないか。

考えてみると,人の話を耳で聞き,それを自分で文字や記号に変換して行くという作業は,一昔前までは中学生くらいで身につけておかなければならないスキルだった。そんな教師ばかりだったのだから,自然に身につくスキルであった。今はそういう「常識」はなかなか通用しない。予備校はもちろんだが,高校も,さらには大学でも,教師たちは板書で,あるいはプリントやパワポで,あらかじめ視覚化され整理された情報を提示しなければならない。学業に関する労力遂行義務(の一部)が生徒から教師側に移行したわけだ。義務を履行しない教師は,履行する多くの教師に対して比較劣位に立ち,生徒から忌避され,市場から淘汰される。いまや誰でも知っていることだが,授業は商品となったのである。

さて,こうした変化によって何かが失われたのだろうか。仮に失われたとして,その喪失は哀惜にあたいするものなのだろうか。復活されるべきものなのだろうか。それがよくわからない。

ま,いずれにしても昔話はこのへんにしよう。

 

シリーズ [ノートのはなし] のもくじ

  1. 黒板としてのテレビ画面 (ノートのはなし 1)
  2. ノートは美しいか? (ノートのはなし 2)

 

 

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by rickie | Posted in その他(高校生向け), 学習アドバイス | No Comments »

文法はどこまで必要か? (2)

11月
2008
14
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文法はどうしても落とせない部分はしっかりやって,そのあとは読み・書き・話し・聞くという訓練を大量にやる,そしてその力がけっこうついてきたなと自覚できるあたりでもういちど文法をまとめてやってみる。その繰り返しが語学力の向上に不可欠であるように思います。文法は理解できるようになればそれなりに魅力のある分野なので,深入りしたくなる気持ちもわかりますが,他の分野の力がつかないとあまり意味はないし,第一,文法の重要性自体も身に染みてわかってはこないでしょう。

さて,ここで問題になるのは「どうしても落とせない」文法というのは何か,ということ。当面の目的が大学入試であれば,最低限レベルといえどもかなり突っ込んでおかなければならないし,そうでなければ読書が目的なのか,日常会話が目的なのかでも変わってくる。さらに,目的以上にだいじなのは,どういう観点で文法を見るのかということで,これによってピックアウトされるものがずいぶん違ってくるだろう。

 

『こんなふうにやればどんどん読める 直読英語の技術』(加藤恭子 著 阪急コミュニケーションズ 2005)という本があって,英語をどんどん読みながら力をつけることを勧める一般の初学者向けにやさしく書かれた好著であると思う。加藤先生はこの中でやはり最低限の文法の必要性を説かれている。直読即解,速読,多読などを勧める本は多いが,一般受けの悪い,文法の重要性を指摘するものは少ない。最低限の文法を押さえた上で多読しよう,そういう方針のようで,この手の本にありがちなハッタリはない。その最低限の文法のリストを挙げてみたい。

 

 

読むための《厳選ミニマム英文法》

捨てられない文法事項

  1. 品詞を覚える
  2. 名詞の区別 普通名詞と固有名詞,(+物質名詞と抽象名詞)
  3. 代名詞の区別 人称・所有・指示・再帰・否定・疑問・関係
  4. 動詞の区別 活用,時制,自動詞vs他動詞,能動態vs受動態,仮定法,命令形,不定詞,動名詞,時制の一致,直接話法・間接話法
  5. 助動詞
  6. 形容詞(比較級も含む)
  7. 副詞
  8. 冠詞
  9. 前置詞
  10. 接続詞

厳選リストからあえてはずした文法項目

  • 文型
  • 時制(のうちの 未来完了,現在完了進行,過去完了進行,未来完了進行)
  • 節と句 (名詞節,形容詞節,副詞節,名詞句,形容詞句,副詞句)
  • 分詞構文(完了形の分詞構文,独立分詞構文)
  • 修辞疑問文,不完全自動詞
  • 主格補語,目的格補語,直接疑問文,間接疑問文,関係副詞

加藤恭子 著 『こんなふうにやればどんどん読める 直読英語の技術』(阪急コミュニケーションズ 2005)による

 

文法用語を覚えるかどうかの話ならば,もっと大胆に削ることもできるだろう。逆に概念的な理解の必要性の観点ならば,僕としては「文型」「節と句」ははずせない。むしろ「時制の一致」「話法」を削除したい。

僕のイメージする最低限文法は,

  • 単語にはその機能別に品詞が存在すること
  • 単語が集まって句・節を作るが,その句・節には名詞,形容詞,副詞(,+動詞句)という機能しか存在しないこと
  • その句・節が集まって文を作るが,そのパターンは5つ(または6つ,7つ)しかないこと

という文法の全体像を理解してもらうことであり,それさえわかってしまえば個々の単語,句,節がどれに当たるかを考えていくだけで英文のしくみは理解できる,ということだ。むろんこれは万能ではないのだが,「だいたいこんなふうに英語はできている」ということを理解できればずいぶんと展望が開けると思う。

 

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by rickie | Posted in その他(高校生向け), 学習アドバイス | No Comments »

文法はどこまで必要か? (1)

11月
2008
13
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僕は高校時代はまったくといっていいほど勉強をしなかった。はるか昔のはなしだ。

学校の勉強は,という意味である。自分としては3年間でたくさんのことを学んだつもりだし,読書量もそれなりにあったと思うが,それは学校とか教育という枠の外でやったことで,いわゆる学業としてはゼロに近かっただろうと思う。

だから,はやばやと浪人を決めて,受験勉強を始めるとなると中学レベルからのスタートであった。当時は今のように受験や勉強に関する情報があふれていたわけでもなく,それにアドバイスを与えるスタッフが予備校等にいたわけでもなく,教師も学生の勉強法などに口は出さない時代であった。すべて我流で取り組むほかはなかった。

そんなわけで,英語に関して僕が最初に手をつけたのは,文法の本を一冊仕上げることだ。森一郎 著『入試英文法の原点』という本をたしか4月末に予備校が始まるまでの1月くらいで2回やったと思う。「高1の学力で80点はとれる!」という副題に引かれたのだと思う。学力のない自分にはぴったりのような気がした。調べてみると,今でも販売されているらしいので驚きだ。30年以上も前の本である。

各章は,最初に導入用の例題,つぎにその解説をしながら各課のポイントを押さえ,最後に発展問題という構成だった。内容的には枝葉末節に拘泥こうでいせず,重要概念の理解に重点を置いていた。

これをやったのが春休みなのだが,結局,その後の一年を通しても英文法についてはこれ以外にやった記憶はない。単語やら読解やらはずいぶんやったのだが,文法はこれだけだった。学力低下が言われているわりに,今の学校や予備校で教えられている文法の方がよほどこまかいのではないだろうか。こまかすぎて,かえって重要な点が忘れられている。

こまかく教えるというのは,重要な点とさほど重要ではない点が同じ比重で教えるということだ。英語の苦手な人は当然混乱する。苦手でなくても,文法の重箱の隅にはくわしいが,総合的な英語力はパッとしないという人間が続出する。

あたりまえのことだが,語学力はらせん的に上昇する。文法力を1上げたら,単語力・読解力・書く力や聞く力も1上げなければならない。そうすることによってしか第2ステップへ移れない。先に文法力だけ10上げておく,そのあとで単語力を10上げて…というやり方はできないのだ。

あの本をやった1年後には大学に入れたのだが,アルバイトで家庭教師をするとほんの1年前に知ったことを,大昔から知っていたかのように生徒に向かって話す。これがまたいい経験になる。「ああ,そういうことだったのか」と内心思いながら「教えて」いった。新しい知識を仕入れたわけではない。知っていたはずの知識の意味が啓示のように新しい意味を帯びてやってくる,そういう体験だ。これが「らせん的」と言った所以ゆえんである。

 

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by rickie | Posted in その他(高校生向け), 学習アドバイス | No Comments »

自由英作文問題への対策 9 [今後の勉強法]

11月
2008
6
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自由英作文問題対策について述べてきました。とりあえずの最終回としては,今後の勉強法について述べておきます。

自由英作文は,入試英語の中でも点数の取りにくい部類に入ります。ですから,あまりオススメはしませんが,自分の英語力が圧倒的にたりない,かつ,英語問題の中での自由英作文の配点が比較的低い場合は,はじめから捨ててしまう,というのもひとつの戦略です。英語の総合力が不十分だと,多くの努力をこの問題につぎ込んだからといって,その分点数が上がるとは限らないからです。文法・長文などほかの分野に時間を使った方がいいかもしれません。

現実的に考えれば,受験生・合格者の大半はそんなに立派な答案を書いているわけではないはずです。高校生レベルの英語力で,自由英作文問題はちょっとハードルが高く,そこそこの文章が書ければほかの受験生に差をつけられることはない,と考えていいでしょう。本格的な対策が必要なのは,私大なら早慶,国公立なら外大・一橋などです。

捨てるわけにはいかない人,むしろここで差をつけたいと思っている人ならば,積極的に点を取りに行く勉強が必要です。その際も(繰り返しになりますが)まずふつうの英作文問題でちゃんとした英文が書けることが前提になります。このレベルでない人は,自由英作対策ではなく,ふつうの英作文対策に全力を注ぐべきです(むずかしい英作文問題をやる必要はありません)。

自由英作文力は,

   ふつうの英作文を書ける力 + 論理的な文章を書くためのメモを作れる力

という足し算であり,第1項が70~80%,第2項が20~30%の重みを持っている,くらいに考えてください。ただし,第1項をクリアする力が足りないと,第2項は意味を持ちません。

残された時間がどのくらいあるかで勉強法もちがってきますが,ふつうの英作文力がある人は,日本語でメモを作る練習だけをやってもそれなりに練習になりますが,ない人は英作文だけをやる方がいいでしょう。→ 自由英作文問題への対策2 [ふつうの英作文力]

入試でよく取り上げられる社会問題などには,自分の考えを用意しておくのも必要かもしれません。それがそのまま入試で出るとは限りませんし,その可能性の方が少ないですが,用意する過程で世の中に対する自分のスタンスが見えてきて,他の問題を考える上でも出発点になることがあります。そのためには,その問題について何が議論されているのかを知っておく必要があります。Wikipediaなどで調べておくだけでもかまいません。

議論を進める上での,典型的な英語表現を知っておく必要もありますが,これはまた別の箇所で取り上げる予定です。

 

 

 

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by rickie | Posted in 学習アドバイス | No Comments »

自由英作文問題への対策8 [例題を通じて4]

11月
2008
4
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最後に,実際の答案例を作ってみます。

問題を確認すると(問題文は英文ですが,ここは日本語で),

『コミュニケーションの方法はこの数年で大きく変化しました。新しい技術のおかげで人間関係がより良いものになったと論じる人もいる一方で,貧弱になったという人もいます。この点についてあなたはどのように考えますか。

上の立場のうちひとつを擁護する1パラグラフの文章を,自分の答となる意見を支える適切な理由を最低1つあげた上で,書きなさい。』

でした。

そして前回決めた方針としては,立場は「良いものになった」を選び,メモとしては次のようになりました。

  1. 近年のコミュニケーション技術の発展は,人間関係をより良いものにしている。
  2. ポイント1 個人対個人の直接的なコミュニケーション
  3. 例・理由  携帯電話による時間場所に縛られない連絡・会話
  4. ポイント2 コミュニケーションの方法が多様化して,人とのつきあい方が多様化
  5. 例・理由  メールによって,直接では言いにくいことを気軽に言える
  6. 携帯,ネットなどの技術によって,今後もよりよい関係を作ることが期待できる

1 → 2 → たとえば, 3 → その上, 4 →たとえば, 5 → 結局, 6

 

以下は一答案例です。

The recent development of technologies has greatly improved our personal relationships. First of all, the spread of new technologies has made direct, person-to-person communication possible to an unprecedented degree. With cellular phones, for example, you can reach anyone anywhere at any time. The barriers of time and space that kept us from first-hand communication have been mostly broken down. Moreover, new technologies brought about more varied ways of communication, which in turn resulted in more diverse social relations. You might tell other people what you can’t say in other situations, by using, say, e-mail via computers or cell phones. In conclusion, the advanced technologies have enabled us to build up better and deeper personal relations with each other.

 

試験場でどうするかの戦略策定はもう少し後でもいいのですが,今の段階でも少し頭に置いておくことも必要です。当然,大学や問題の難易度で変わってきます。

a_ilst093.gif

早稲田法学部の英語の試験時間はトータルで90分。かなり長い長文が2題と,短い文法系問題が大問で2題,さらに短い和文英訳(部分)が3題とこの自由英作文という内訳です。この問題で使える時間は,長文にどのくらいかかるかによって変わりますが,長く見積もっても25分前後になるでしょう。長文に手間取ると10分ぐらいになってしまうかもしれません。どちらの場合でも,メモの作成に時間の 40% ~ 50% は使うべきでしょう。5分ではかなり決め打ちしたなぐり書きになりますが,まあしかたないでしょうね。

 

 

 

 

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by rickie | Posted in 学習アドバイス | No Comments »

自由英作文問題への対策7 [例題を通じて3]

10月
2008
30
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ほんとうは,「英文はこう書かなければいけない」などというスタイルはありません。自由に書いていい,と言ってもいいのですが,ただしそれは自由に書いても読みやすい文章が書ける腕があなたにあれば,のはなしです。時間とスペースが限られたテストという枠内で,しかもそれを英語で書くとなれば,ある程度パターンで書いた方が楽だし,読みやすいし,つまりは点が取りやすいということになります。

世の中には上には上がいるもので,何千人かの受験生のうちには完璧な答案を書く人がごくごく少数ですが存在します。この人(たち)は満点を取ります。それ以外の99%の人は満点狙いではなく,部分点ネライ,まあとりあえず5割越え,できれば7割5分くらいを目標に書くことになるでしょう。したがって名文である必要はないですが,正しい,読みやすい,わかりやすい文を目指します。

英文における読みやすさ,わかりやすさは,1つ1つの文が正しい英文であること以外に,

  1. 全体で言いたいことがはっきりしていること
  2. その全体と,一文一文との関連が見えやすいこと

が,最低条件です。

1 のためには,

  • 何を論証するのかをできるだけ早い段階で明確にすること
  • 論旨があっちへ行ったり,こっちへ行ったりしてブレないこと
  • 一見ブレるように見えても,かならず本筋に戻ってくること

が必要ですし,2 のためには,

  • 「したがって」「しかしながら」「たとえば」「第一に」のようなつなぎことばや論理マーカーをうまく使うこと
  • 読む人はあなたと常識・知識・文化を共有していない宇宙人(外国人)だと考えて,できるだけていねいに言葉をたくさん使いながら論証すること

ということを念頭に置いて,書いていくとよいでしょう。

例題ではワン・パラグラフしか書けませんから,話をあまりふくらませることはできません。全体の流れは,たとえば次のようになります。

  1. 近年のコミュニケーション技術の発展は,人間関係をより良いものにしている。
  2. ポイント1 個人対個人の直接的なコミュニケーション
  3. 例・理由 携帯電話による時間場所に縛られない連絡・会話
  4. ポイント2 コミュニケーションの方法が多様化して,人とのつきあい方が多様化
  5. 例・理由 メールによって,直接では言いにくいことを気軽に言える
  6. 携帯,ネットなどの技術によって,今後もよりよい関係を作ることが期待できる

1 が「早い段階での論旨の明確化」に当たり,1 → 2 →たとえば3 → その上 4 →たとえば 5 → 結局 6

という感じです。

 

 

 

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by rickie | Posted in 学習アドバイス | No Comments »

自由英作文問題への対策6 [例題を通じて2]

10月
2008
29
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まず思いつくことをできるだけたくさん,しかも「こんなのだめだ」とネガティブにならずかたっぱしから挙げていくやり方をブレーンストーミング(brain storming)といいます。「こんなこと書いたら,減点だ」とか「ばかにされる」とかは,少なくてもこの段階では考えず,とにかくたくさん挙げることがだいじです。一見つまらないアイデアも,その背後に本質的な深い何かが潜んでいることもあります。

この段階でいろいろ思いつくかどうかは,その問題にふだんから関心を持ったことがあるかとか,読んだり聞いたことがあるかという知識量も関わってきます。と同時に,あまり知らなくても何とか思いつくこともあります。そのためには,

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(1) 自分がものを考える時の軸のようなものがある。だから,新しい問題に出会っても,「こういうパターンの時は僕はこう考える」というスタンスがあれば,着想の源泉になるでしょう。あなたの思想,とでも言うべきものです。もっとも,あまり狭く凝(こ)り固まってしまうのも何ですが。それに今まであまりものを考えてこなかった人が,大学入試に備えて急に明日からブレない軸を持て,なんてことができるわけではありません。

(2) 発想が豊かどうかは,単に経験やテクニックで決まることも多い。問題の解析・分類とか,この結論を出すためにはどういう前提が必要かとか,発想法のテクニックのようなものです。もともと書くことが好きな人,議論好きな人,小論文の対策をやっている人などは多少なりとも身についているかもしれません。身についていない人は,この訓練を積むことが勉強の柱の1つになります。

たとえば,「携帯電話の人間関係上の良い面」というテーマで次のようなメモを作ったとします。

  1. いつでも連絡が取れる
  2. 面と向かって言えないことがメールだと言える
  3. 待ち合わせに便利
  4. 緊急時には不可欠
  5. 親をはさまなくても,直接本人に電話できる
  6. 電話での方がいいやすいことがある
  7. 連絡する回数が増えて,深いつきあいができるような気がする ・・・・・

 

ある程度アイデアが出そろったら,関連項目をひとまとめに集めて,そこから何が言えるかを考えます。この7つのアイデアの共通項は何か,どう分類できるか,それらをもっと一般的・抽象的にいうとどういうことか,を考えていきます。

たとえば上のアイデアでは,1, 3,4,7 は携帯でのコミュニケーションが「時間や場所にしばられない」という共通点があります。2, 5 は「面と向かわないでするコミュニケーションの利点」です。

これらを「最終メモ」にするとこんなかんじでしょうか。

携帯の「良い」面

  • 従来の対面によるコミュニケーション以外に,メールなどの新たな通信手段によって,対面では言いにくいこともメールでは伝えられるなど,コミュニケーションの可能性の幅が広がり,関係の質の向上が期待できる。
  • 固定電話が家庭単位のものであったのに対し,携帯は個人単位のものなので,直接のコミュニケーションの時間的場所的な制約が減り,より密な関係を作り上げることが可能。

 

ついでに,「悪い」面も同様にまとめると,

携帯の「悪い」面

  • 通信手段の多様化は必ずしも関係の質的向上をもたらさず,むしろ家族メンバーが個々ばらばらの閉じたネットワークを作ることで,従来の「家庭の団らん」というような場を貧弱なものにする可能性がある。
  • 携帯によって常にコミュニケーションを取れることが,逆に常にコミュニケーションを取っていないと不安になったり,友人関係から疎外されるということが起こりうる

ここまでくれば,後は英語にまとめるだけです。

 

 

 

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by rickie | Posted in 学習アドバイス | No Comments »

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