何を否定しているのか? ( ONE POINT at a time 10)

= 否定の作用域 =

否定の作用域とは,not や no といった否定語が何を否定しているのか文の中のどこからどこまでを否定しているのか(つまりnotが作用している範囲)という問題です。とても大きな問題で,このテーマで専門書がいくつか出ているくらいの深ーいはなしなのですが,実は前回取り上げた部分否定はこの話題の一部とみなすことができます。たとえば,「彼は毎日来る」をもとに否定文を考えてみると,

「彼は毎日来ない」= 「来ないよ,毎日」 (全部否定 『来ない』と言ってるんだから,動詞を否定していて,『毎日』は否定されていない)

「彼は毎日来るわけではない」= 「来るのは,毎日じゃないよ」 (部分否定 『来ない』とは言ってない。『毎日』が否定されている)

を区別しなければならないということでした。

「否定の作用域」というのは,「語否定」と「文否定」というポイントとして取り上げられることもあります。まずは,そこから考えてみましょう。

1. He doesn’t have any idea about it. 「彼はそれについては何もわからない」(文否定)

2. He has no idea about it. 「彼はそれについては何もわからない」(文否定)

1 と 2 は意味は同じですよね。ということは,1 では,not が文全体を否定していますが(文否定),意味が同じということは 2 の no も文全体を否定しているということになります。

  •  no が文中に入るとふつうは文全体が否定される

というのがルールになります。ところが,これは「ふつう」の場合の話で,そうじゃないときもあるからめんどくさい。

a_ilst093.gif

3. In no time, she was fast asleep. 「たちまち彼女はぐっすり寝てしまった」 (語否定)

これは,no があるのに否定文になっていません(「寝てしまった」)。これは,in a few minutes 「2, 3分したら」の in の使い方と同じで,in time 「そのうち,やがて」(← いくらか時間が経ったら), in  no time 「たちまち,あっというまに」(← ゼロ時間が経過したら)という理屈です。ここで注意したいのは,下線のうしろの文が倒置にはなっていないことです。否定の副詞句が文頭に来るとよく倒置になるのですが,これはなっていません。in no time の no は in time 部分だけを否定していて,文否定ではない,つまりこの文は否定文ではないからです。次の文と比較してください。

4. At no time did anyone involved speak to the press. 「当事者は誰も報道陣とは口もきかなかった」 (文否定)

こんどは倒置しています。 anyone involved 「当事者」という S と spoke という V が倒置され, did anyone involved speak になっていますね。文全体が否定される文否定だからです。

これらはそんなに難しく考えなくても,「熟語だから」ですませることもできなくはありません。

in no time 「すぐに,たちまち,あっという間に」

at no time 「決して~ない」

てな具合に覚えておけば問題は生じないでしょう。at no time は「・・・ない」だけど, in no time には「ない」という言葉がつかないということです。

 

でも,次の場合にはそんなに簡単に逃げることはできません。

5. You should not despise a man because he is poorly dressed.

「装いが貧しいからといって人を軽蔑すべきではない。」(= [装いが貧しいから軽蔑する]というのはよくない)

6. You should not go to the country because it is now in a dangerous situation. 「危険な状態なので,その国には行くべきではない。」

太字の not はそれぞれの下線部を否定してます。どちらも文否定ですが,文のどの部分を否定しているかが違うわけです。

  • not … because ~ 構文は二つの意味をもちうる。 1) ~だからといって…というわけではない 2) ~だから,…ない

not A because B は,

1) 「BだからAっていうのは,ないよね」

2) 「Aじゃないのは,Bだからだよね」

の二つの意味を持つことになります。どちらになるのかは全体の意味を考えて決めるしかありません。形では決められないのです。

 

いまのは,not A because B でしたが,一般化すると,

  • 二つの節からなる文を否定すると,二つの節をセットで否定している場合もあるし,前半だけ否定しているばあいもある

ということになります。

たとえば, not A and B は,1) 「AかつBなんてことはない」 2) 「Aではなく,そしてBである」の二つの可能性を持っています。

We don’t think things though and decide to fall in love.

この文の意味はどうなるでしょうか。 think ~ through は「~をじっくり考え抜く」という意味です。

もちろん「わたし達は物事をじっくり考え抜かないで恋をする決心をする」と訳す可能性がないわけではありませんが,みなさん「恋をする決心」ってしたことあります?正しい訳は「わたし達は,物事をじっくり考え抜いて恋する決心をする,なんてことはしない」です。人間は思考(thinking)ではどうにもならない感情に突き動かされて恋をする,とか何とかいう話です。えっ,「似たようなもんじゃないか」って?そういう人は日本語のセンスが足りません。前者は「恋する決心をする」,後者は「恋する決心なんてしない」と言ってるんです!

結局,この文の not は,think things through だけではなく,下線部全体を否定しているということです。そしてそれを見極めるには,前後関係に頼るしかありません。

 

【問題】 下線部を訳せ。(ホントの入試問題は全文訳)

There are always at least two games taking place during a tennis match: the one on the court and the one in your head. There’s not an experienced player alive who hasn’t practically won the game on the tennis surface only to lose it in his head and in the final score. Tennis is often compared to chess because of the almost limitless strategic alternatives and the enormous mental pressure that can increase as you play through your strategy. Keeping all this under control is what a good mental attitude is all about.   (京都大学)

 

 

【答】

テニスの試合中はいつも少なくとも2つの戦いが行われている。1つはコートの上,1つは頭の中でである。テニスのコート上での戦いではほとんど勝ちそうになるところまでいったのに,精神的に負け,そして最終スコアでも負けた,という経験のない選手は,経験豊かな人の中にはいない。テニスはよくチェスにたとえられるが,それはほとんど無限の作戦上の選択肢があり,作戦でプレーするにつれて増してゆく,とてつもないプレッシャーがあるからだ。こういったことすべてを統御することこそが,よき精神的態度についての重要な点である。

・ … only to V ~ 「・・・したが,あいにくとVしてしまう」に注意。

ここは, not A and B ではなく, not V1 only to V2 であり,

hasn’t practically won the game on the tennis surface only to lose it in his head and in the final score.

のnot が下線部全体を否定している。「V1 したのにあいにくとV2 してしまった,というようなことをしたことがない」という意味。さらに There’s not で否定しているから,。「V1 したのにあいにくとV2 してしまった」という経験は誰にでもあるということが言いたい文です。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。