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『高校生のための東大授業ライブ』

8月
2008
29
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東京大学教養学部編 |出版社:東大出版会|2007年|1800円|高校生・一般向け|249p.|独断的おすすめ度 ★★☆☆

 

すでに紹介した『16歳からの東大冒険講座』全3巻と同じく,東大が行う「高校生のための金曜特別講座」からピックアップした授業の書籍化。通算4巻目だが,出版社も変わり,ベネッセの援助も受け,本はオール・カラーになって,紙質も,ついでに定価も上がった,というわけですね。書店ではこれがいちばん新しく,いちばん手に入りやすいでしょう。

各講義のレベルはさまざまで,予備知識なしで読めるものもあれば,高校レベルの教科をきちんと頭に入れている人でも難しいものもあります。「学力低下」というレッテルが貼られることの多いいまどきの高校生の目線にまで何とか降りようとしている先生がこの本では多いのですが,高校生のレベルを無視した,または高校生に何がわかっているかがわかっていない先生も中にはいます。でも,わかる・わからないが問題なのではなく,興味が持てるかどうかが問題だと考えて読むのがいいと思います。全体的には,少しでも高校生の興味を引こうと考えた授業がいっぱいあります。わたし的には今回は文系的な話の方が面白かったかな。前は理系の方が面白かったんだけど。生物学関係がちょっと専門的すぎる気がしました。わたしには,ということですが。

ところで,第1講には,余談っぽく次のような話が載っています。

「大学で専攻する分野を大学入学前に決めるのが日本の主流です。ちょうど,皆さんは専攻分野の決定で悩んでいるのではないでしょうか?」

「しかし,全ての若者が高校生時代に自分の興味や適性を活かす分野を見つけることが本当にできるのか,わたしは疑問に思っています。」

「高校生時代では早すぎてデータ不足,根拠に乏しく,結局,本人の適性に即した選択ができていないのではないかと危惧します。大学に入る前に大学での専攻を決めるのではなく,大学でじっくり時間をかけていろいろな分野の学問に触れ,自分の適性にあった分野を探すことが必要だと思います。そのような,大学で広くじっくりと学ぶ時間を許すのが『リベラル・アーツ教育』です。」

これはわたしも賛成ですし,そのように考えている高校生・父兄・高校教師・大学教師はかなりたくさんいると思うのですが,なかなか,というか全く事態は変わりません。このへんのことは,またあらためて考えてみたいと思います。

 

《 目次 》

PART 1 : リベラル・アーツの世界へようこそ

第1講 スーパーマンを救え ― 再生医学の最前線 松田良一

第2講 あみだくじの数理 ― 「自由」な数学の魅力 桂利行

第3講 民主主義は今も魅力があるのか ― 問い直す意味 森政稔

第4講 「今ここにいる自分」の謎を解く ― 哲学への招待

 

PART 2 : 学問と実践 地球大の広がり

第5講 地球は「やさしい惑星」か ― 生命の絶滅と進化 磯﨑行雄

第6講 人生をファンタジー化しよう ― 中国・黄土高原から 安富歩

第7講 アフリカの飢餓・貧困と闘う ― 日系人科学者として Gordon H. Sato

 

PART 3 : 知る・学ぶことの意味,その喜び

第8講 榎本武揚から見た明治維新の世界 ― 領土国家の形成 臼井隆一郎

第9講 イングリッシュ・ガーデン誕生の裏側 ― その美学と政治学 安西信一

第10講 ふるまいと記述 ― 文化人類学の異文化理解 森山工

第11講 朝永振一郎と湯川秀樹 ― 高校時代からの軌跡 岡本拓司

 

PART 4 : 人間と社会を支える科学の力

第12講 先天的な運命は変えられるか ― 生命科学の発展 安田賢二

第13講 生物が持つ分子機械 ― 形と働きを解明する 栗栖源嗣

第14講 エネルギー源としての乳酸 ― 運動と疲労の関係 八田秀雄

第15講 快適生活を支える物性物理 ― 身近な世界への応用 前田京剛

 

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by rickie | Posted in いろんな本, 学問を知る | No Comments »

『16歳からの東大冒険講座 [3] 文学/脳と心/数理』

7月
2008
9
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東京大学教養学部編 |出版社:培風館|2005年|1300円|高校生・一般向け|214p.|独断的おすすめ度 ★★☆☆

東京大学が高校生向けに行っている講座を書籍化したシリーズの第3弾。全三巻完結。

第2弾について書いたのはずいぶん前のような気がする。

第1冊め 「記号と文化/生命」はこちら

第2冊め 「情報/歴史と未来」はこちら

 

学問紹介や高校生のための大学教授による授業は最近ではだいぶ増えてきましたが,あまりうまくいっていないケースもあるようです。このシリーズは今でも続いていて,成功している方でしょう。

 

1部 文学

● 常識を破る ― ハムレットが太っていた  河合祥一郎

専門はイギリス演劇。

「ハムレット」にはハムレットに関して,He’s fat. という記述がある。だけどこのfatについては「汗かき」の意味だと解釈されてきた。「悩めるハムレット」という先入観がハムレット= fat というあたりまえの解釈を阻んできた。

そういうところから,文学や文化がいかに先入観から自由でないか,という方向へ話は進みます。

 

 21世紀に読み直す宮沢賢治 小森陽一

専門は近代日本文学。

宮沢賢治の『狼森と笊森,盗森』という童話を解読していきます。人間と自然との関わり,制度と権力の発生という視点での解釈です。文学の解釈としてはよくあるパターンの1つですが,高校生には強引に見えたり新鮮に感じるかもしれません。

 

 翻訳の不思議,文学のたくらみ エリス俊子

専門は日本近代の詩。

芭蕉の「古池やかはづ飛び込む水の音」の英訳18種類や,俳句に触発されたイマジズム運動,川端康成,村上春樹の英訳を紹介しながら,翻訳について語ります。翻訳家志望の高校生は時々いるのですが,これは翻訳の技術的なはなしではありません。文化の衝突としての翻訳論です。

 

 イタリア!イタリア!イタリア! 村松真理子

専門はイタリア文学,地域研究。

イタリアのあれこれを語っていて,ちょっとまとまりがないのですが,こういう語り口の方が高校生には興味が持てるかな。

 

2部 脳と心

 大学で心理学を学ぶ ― 心理学との出会い,心理学のおもしろさ ― 丹野義彦

専門は臨床心理。

心理学はいま高校生には人気が高い学問なのですが,心理学についての誤解も多く,ちょっと心配ではあります。心理学はおおざっぱに言うと,科学であることを強く志向する「認知心理学」系と,より文系的というか(こちらだって「科学」と自称するでしょうが)われわれがふつう「こころ」ということばで理解しているものを扱おうとしている「臨床心理」系の2つに分けられます(ホントはさらにこまかく分かれます)。前者は「悲しみ」とか「悩み」とか「不安」といったとらえどころのない「こころ」ではなく,人間の情処理機構としての「こころ」を扱います。そして学問的にはこっちの方が今の心理学のメジャーとなっています。大学選びの際はよくよくその辺の情報を集めておいてください。

この筆者は「臨床心理」系なのでとっつきやすいかもしれません。

 

 言語と脳から見た健康と病 酒井邦嘉

専門は言語脳科学。

こちらは認知科学系というか,脳科学のはなし。言語能力生得説(ヒトは言語を使う能力を遺伝的に持っているという説)は,今や言語学(生成文法派)のセントラル・ドグマになっていて,それを脳科学的に解明したいらしいです。わたしは,この説には???ですので,ふーんという感じですけど。

 

3部 数理

 21世紀の物理学 ― 超弦理論とはどんなものか ― 米谷民明

専門は理論物理学(素粒子論)。

「物理学って何」というすごく大きなはなしから,超弦理論というすごく高級(というかわけわかんない)理論まで,おおざっぱに語っています。物理の知識不要。

 

 知覚の複雑系理論 池上高志

専門は複雑系科学。

理系よりの認知科学。難しいですが,なんかすごいことを言っているな,おもしろそうだな,という気にはなれます。「自分がくすぐってもくすぐったくないのに,他人にくすぐられるとくすぐったいのはなぜか」なんていう問題意識はすごいと思いませんか。

 

 微積分の力 薩摩順吉

専門は応用数理。

差分から微積を考える,というはなしかな。数式は出てきますけど,それほど難しくはありません。話題のでかさから考えると,ちょっと物足りない感はありますが,時間がないんでしょうね。

 

 

このシリーズは幅広い興味がないと通読しにくいでしょう。図書館で見つけて,ぱらぱらめくって,おもしろそうなところを読む,というのがいいでしょう。

 

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by rickie | Posted in いろんな本, 学問を知る | No Comments »

『目にあまる英語バカ』

6月
2008
17
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著者:勢古浩爾|出版社: 三五館|2007年|定価 1200円(+ 消費税)|一般向け|独断的おすすめ度 ★★★☆

痛快な書です。

筆者の定義する英語バカとは,「なんの必要もないのに,英語を話せたら『かっこいい』と思い,英語を話す人間を見て『かっこいい』と思い,どうだおれは英語が話せるぞ『かっこいいだろ』と思い,なにが英語ができるだ調子に乗りやがって『ばかやろう』が,と無理矢理蔑む人間はすべて英語バカである。」というものです。わたしなら,これに「本人はペラペラのつもりだけど,中身は低級な英語で無内容な話しかしてない人間」というのを付け加えたいところです。

英語バカを筆者が次から次に執拗なまでに罵倒しなぎ倒していく姿には爽快感さえ覚えます。時々ミソも☓☓もいっしょくた,という感じがしないわけではありませんが,なぎ倒すからにはこうでなくちゃいけません。この筆者の本はこれまでに何冊か読んで,けっこう気に入ってました。本屋でタイトルを見たときには,これまでの筆者の本の系列とちょっと外れている気がして異和感があったのですが,ここまで英語バカにこだわっているからには,筆者自身相当の英語バカでいらっしゃるのかもしれません。そしてあなたも私もたぶん同類でしょう。ってことは,この本は大宅壮一以降(もっと前からか)の伝統を受け継いだ「日本人総英語バカ」論と言えるかもしれません。

おそらく英語教師でこの本の主張,というか罵倒に共感しない人は少ないのではないでしょうか(最近の若い人は知りませんが)。

だが,あなたね,そもそも「中高大と10年も習った」のに,というのが真っ赤なウソなのだ。というより,あまりに人口に膾炙しすぎた錯覚なのである。ちょっと胸に手を当てて,考えてみて。あなた,本当に「10年間」ちゃんと英語を勉強しましたか。毎日一時間でも二時間でもいい,10年やったですか。一年でもいい。やったですか。どこの人間だ,おれは。いやわずか半年でもいい。やっちゃおらんでしょうが。

うむ,わたしもそれが言いたかったです。

でも,日本人の英語レベルの低さについて,なにか教師には責任がないと言っていただいているみたいっていうのが,共感の理由って訳ではありません。「英語バカ」とは結局言葉というものをなめきった存在であり,それにイライラさせられるんですね。

第二言語習得論では,人は「母語習得にほぼ例外なく成功するが,ネイティブ並みという基準で言えば,第二言語習得にはほぼ例外なく失敗する」というのが定説のようです。特筆大書していただきたい。あなたは英語をマスターすることなど確実にできないのです。「マスター」って,何様ですか。かなり早い時期にその言語環境に置かれれば話は別でしょうが,もちろん小学校でお遊戯程度の英語をやったところで何の意味もないでしょう。

ただし,だから英語の勉強はすべきでない,とは言いません。だって好きでやってるんだから。

この本の筆者は,おおかたの日本人にはホントの意味で英語は必要ない,というのを英語バカ批判の,そして英語が苦手な理由の要点としているようです。それ以外にも理由はありそうですが,基本的にそのとおりだと私も思います。そして必要ないけどおもしろいからやる,というのが私が語学学習を勧める理由の要点です。学生時代から「何かの役に立つことなんか勉強してたまるか」と思ってましたからね。ま,あまり世に受け入れられることはないと思いますが。

 

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『先生はえらい』

6月
2008
10
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著者:内田樹|出版社:筑摩書房(ちくまプリマー新書)|2005年|760円|高校生向け|独断的おすすめ度 ★★★☆

こんな題名から,「先生を尊敬しなさい」とか「先生の言うことを聞きましょう」とかいうようなお説教が並んでいるんだろうなと思うかもしれませんが,とんでもない。なぜ先生がえらいのかはこの本を読んでもらうしかありませんが,ヒントだけ言っておくと,「えらい,と思える人が先生」「えらい,と思うのは誤解」「誤解こそコミュニケーションの基本」といったところかな。

 

このコミュニケーションというのが,筆者の語りたいことで,その語りは対話から,交易や小説や精神分析へと飄々と流れていきますが,けっきょくコミュニケーションは可能(不可能)か,ということを軸にして回っています。

対話について筆者はこう語っています。

理解を望みながら,理解に達することができないという宙づり状態をできるだけ延長すること,それを私たちは望んでいるのです。
———————————————————————-
恋人に向かって「君のことをもっと理解したい」というのは愛の始まりを告げることばですけれど,「あなたって人が,よーくわかったわ」というのはたいてい別れのときにいうことばです。

ざぶとん一枚!

筆者の言いたいことにしっかりついていける高校生は多くないと思いますが,でも「よくわからないけど,なんか面白いじゃん」と思えれば,この本が読めていることになるでしょう。

 

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『英語力とは何か』

6月
2008
4
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著者:山田雄一郎 |出版社:大修館書店|2006年|1600円|英語教師・一般向け|独断的おすすめ度 ★★★☆

英語の教師をやっていればだれでも気づくことのひとつは,日本語の読解能力が高い生徒は,英文読解の能力が高い,少なくともその能力を伸ばしやすい,ということです。文章を読んでいてこういう流れになったなら,次にこういうことを言うはずだ,とか,この言葉は本心ではなく皮肉でいってるんだろうなという推測は,日本語と英語とであらわれ方は違っていても似たようなものだと言えるでしょう。そうしたものを読み取ることを「行間を読める」と呼んだり,「読解力がある」と言っているわけです。日本語の読解力がない日本語を母語とする生徒が,英語を読むときだけ突如としてそういう能力を発揮するなんてことはありえません。

『英語力とは何か』は,英語教育や英語教育政策について精力的に発言している山田雄一郎氏の本で,大書店の英語教育・英語学関連の棚には平積みになっている本です。

共通基底能力

大修館「英語力とは何か」より

この本の中で山田氏は,上で述べたような教師や生徒の直感を,「共通基底能力」仮説ということばで説明しています(そして,この本の大前提になっているのがこの仮説です)。これは日本語であれ英語であれ語学能力全般の共通基盤が存在するという仮説で,左の図で言うと,色の濃い三角形に相当します。

山田氏の定義によれば,英語力とは,

英語力=共通基底能力+変換能力(図のb)+英語形式の運用能力(図の表層部分)

であり,この定義にもとづいた英語力の訓練は次の4点に集約されるべきだと考えています。

  1. 基底能力(知識や経験)の強化(日本語・英語を問わない)
  2. 英語の出入力チャンネル(直通経路)の形成・強化
  3. 言語形式に関する知識(文法・語彙)の習得と活性化
  4. 言語形式を運用する技能の訓練(4技能を中心とする技術的訓練)

これまでの英語の訓練は図のc の部分,つまり伝統的な訳読授業のような英語と日本語を直接対応させる訓練だったが,本当は b の訓練が必要なのだ,というのが山田氏の議論の中心になっていて,ここから具体的な訓練方法をさまざま提示しています。

 

共通基底能力2

さて,共通基底能力があるとして,しかし疑問点も残らないわけではありません。たとえば,4技能すべてにおいてこの図式が有効なのかどうか。読解力においてはこの図式はかなり通用すると思いますが,それ以外の話す・聞くといったスキルにおいては,日本語の基底能力とのつながりは見えにくいだろうと思います。おそらく氏はBICS(日常的なやりとりに代表される技能)とCALP(認知的学習のための言語能力)を区別し,読解以外でもCALPの育成を中心に考えているのだと思われます。でもBICSの育成だってなかなか大変なのでは,という気がしないでもありません。

また,わたしの考えでは,基底能力との接続自体がこころもとない状態であり,したがって運用にはほど遠いというのが多くの場合だと思います(イメージとしては左のような)。

でも,英語力をどのように考えて,どのように伸ばしていけばいいのかという方向性について,わたしは基本的に共感できます。語学に関しては世の中にはウソと思いこみがはびこっていますが,この本で提起されていることはきわめて現実的な指針となりえます。もちろんそれを(つまり図式の b の方向性を)どう具体化していくかはまだまだ見えてきません。現場もいろいろ試行錯誤しているのでしょうが,解答らしい解答は見つかっていません。英語だけでなく,日本の教育の在り方全体の問題もあります。そもそも教育に何ができるかという問題もあります。それを言っちゃおしまい,かもしれませんが。

 

 

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The New York Trilogy (Paul Auster) — paperback review

5月
2008
31
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語彙レベル★☆☆☆|ストーリー★★★☆|知的興奮度★★★★|前提知識☆☆☆☆|対象レベル 英検2級以上|ジャンル 純文学|314p.|英語

ポール・オースター(Paul Auster) を有名にした「New York  3 部作」です。つながっているようで,つながっていない中編小説3本で構成されています。

日本では柴田元幸訳で有名になりました。柴田元幸氏が訳した現代アメリカ小説は,村上春樹が訳したアメリカ小説と並んで,柴田文学とでも言うべき一ジャンルを形成しています。柴田訳で読むのもそれ自体の価値があるでしょうが,ここでは原書を紹介しておきます。

3部作を一冊にまとめた本と,3冊に分冊しているバージョン,それに日本で刊行されているバージョンがあります。日本刊行版は,巻末に語彙がついているのがうれしいかもしれません。

3部作は次の3つで,それぞれの語彙レベルを示しておきます。

  • “City of Glass” (邦題:「シティ・オブ・グラス」) ★☆☆☆
  • “Ghosts” (邦題:「幽霊たち」) ★★☆☆
  • “The Locked Room” (邦題:「鍵のかかった部屋」) ★★☆☆

星を微妙に分けていますが,この中でいちばん語彙レベルを高くした “The Locked Room” でも,ふつうの小説よりはやさしめでしょう。三作のキーワードは,ニューヨーク,小説,探偵。

まず,”City of Glass” は,探偵小説を書く小説家である主人公 Quinn のもとに一本の間違い電話がかかって来ることから始まります。

‘Hello?’ said the voice.
‘Who is this?’ asked Quinn.
‘Hell?” said the voice again.
‘I’m listening,’ said Quinn. ‘Who is this?’
‘Is this Paul Auster?’ asked the voice. ‘I would like to speak to Mr Paul Auster.’
‘There’s no one here by that name.’
‘Paul Auster. Of the Auster Detective Agency.’
‘I’m sorry,’ said Quinn. ‘You must have the wrong number.’
‘This is a matter of utmost urgency,’ said the voice.
‘There’s nothing I can do for you,’ said Quinn. ‘There is no Paul Auster here.’                    (”City of Glass”)

ねっ,おもしろそうでしょ。Quinn を Paul Auster と間違えてかけてきているのですが,Paul Auster とはこの小説の筆者自身なわけです。ここからQuinnは,探偵 Paul Auster となって,ある人物の追跡を始める,というストーリーです。こう書くとひところ流行した,小説自体がネタ,作者と読者自体を主題にした<メタ小説>のように見えるかもしれません。事実そういうところもあり,ポストモダンな小説の一つとして扱われることもありますが,あまり理屈っぽくはなく,迷路のようなストーリーを楽しんで読めると思います。ただし,巻末ですべての謎が解決される推理小説のようなものを期待しているとはぐらかされるかも。

 

二作目の”Ghosts” も探偵の話。ある探偵が謎の人物から依頼を受けて,別の謎の人物の監視を始めます。その監視が何カ月にも及び,次第に監視しているのか監視されているのかわからなくなって...というはなし。

 

三作目の “The Locked Room” では,そこそこ売れた小説家の主人公が,突然消息を絶った少年時代の友人の原稿をその妻から受け取って出版するのですが,主人公は友人の妻と恋におち,その上原稿が大ヒットした後になって死んだと思っていた友人から連絡がきて...。わたしはこれがいちばん好きかな。全体的に村上春樹を思い出させる展開です。

単語レベルを人工的に押さえて,ノン・ネイティブ向けにリライトされているものや,児童・青少年向け文学をのぞけば,この本(とくに “City of Glass”)はこれ以上やさしく書けないというレベルです。この語彙でこれだけの小説が書けてしまうことに驚きます。

 

それと,”City of Glass” にはマンガのバージョンがあります。文字を多くしたアメ・コミというかんじで,特におすすめはしませんが。

 

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by rickie | Posted in いろんな本, 英語を読む | No Comments »

『勉強法が変わる本 – 心理学からのアドバイス』

5月
2008
29
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著者:市川伸一 |出版社:岩波書店(岩波ジュニア新書)|2000年|780円|高校生・教師向け|独断的おすすめ度 ★★★☆

高校生向けの本を集めている「岩波ジュニア新書」の一冊。英語に限らず,全教科の勉強法を扱っている本です。

勉強法についての本は,今年有名大学に合格した先輩が自分の体験から書いている本もあれば,受験業界の人(予備校講師や教務担当者)による本など様々出ていますが,はっきり言ってこれらはかなり癖があります。だってその人の体験が全員に通用する保証はないわけだし,業界の人の本は(かなりいい本もありますが)営業的意図が見え隠れすることもあります。

認知心理学の権威,市川伸一氏によって書かれたこの本は,そういう癖のない,しかも学問的なバックグラウンドをもとに書かれているスタンダードな学習法本になっていて,ある意味でいろんなところの本棚でこのテの本の中ではよく見かける本です。いちばん広く評価されている本と言っていいと思います。「はじめに」の中で筆者はこう言っています。

ぼくが,勉強法の本をいろいろと読んでみて,いちばん問題だと思うのは,著者自身がやってきた方法を,「こうするとよい」と一方的に書きすぎていることだ。

わたしもそう思います。人は自分の体験抜きにして,他人を動かすようなことをいうことはなかなかできないものですが,体験のみで語られると引いてしまうでしょう。自分の体験を客観視することができていないと,言葉は相手に届きません。特に勉強とか大学受験とかはほとんどの(かなり多くの)大人が経てきた体験なので,お互いに矛盾するような勉強法がいろんな人の口から出てきています。勉強法はなんかの宗教ではないので,すぐうのみにしたりせず,納得できそうなものを何回か試して,それでうまくいきそうなら本格的に取り組んでみる,というほうがいい。

さて,学者が自分の専門分野にもとづいて一般の人(つまりここでは高校生)にアドバイスを送ろうとすると,どうしても抽象的なアドバイスになりがちです。この本の筆者もそのことには気づいていて,できるだけ具体的な指針を出そうと工夫しています。でも,高校生の目から見ると,先ほど挙げた先輩たちのアドバイスに比べれば具体性に欠けているように見えるかもしれません。たとえば,数学に関して言っている「手続きから這入ってある程度習熟し,理解力が育ってから理屈を習う」とか,英文読解に関しての「できるだけ能動的に作者の言っていることをつかみとり,『なるほど。そういうことが言いたいのか。おもしろい!』という感じを持つように心がけ」るというようなアドバイスがありますが,「ふーん」という感想で終わってしまうかもしれません。

でも,わたし的にはこれらはとってもいいアドバイスだと思います。ただそれがいいアドバイスと実感できるまでには,かなり本格的な学習経験を積まなければならないかもしれません。

この本は読んで損はありません。できたら一度読んだ時には良さが実感できなかったとしても,何ヶ月かした後でもう一度パラパラめくってみると,「あっ,そういうことか」という発見があると思います。もちろん,今までさんざん苦労して,学習法に意識的になっている人は,一度で実感できるかもしれませんね。

科目別で言うと,「数学は暗記か理解か」とか「小論文作成のスキル」あたりは,特に問題意識がなくても,なかなかおもしろく読めるのではないかと思います。

 

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by rickie | Posted in いろんな本, 勉強法の勉強 | No Comments »

『英語習得の「常識」「非常識」– 第二言語習得研究からの検証』

5月
2008
27
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著者:白畑知彦・若林茂則・須田孝司 |出版社:大修館書店|2004年|1700円|英語教師・一般向け|独断的おすすめ度 ★★★☆

以前紹介した『外国語学習に成功する人,しない人 – 第二言語習得論への招待』(白井恭弘著 岩波書店)と並んで,第二言語習得論の入門書としていちばん取り上げられることの多い本の一つです。

外国語学習,特に英語学習については世間ではウソとデマがまかり通っています。いくらか学習経験のある人ならすぐにウソだとわかるウソから,いかにもホントらしいウソまで数限りなくあります。ウソがまかりとおっている点ではダイエット法に関するウソとよく似ているのですが,ダイエット法については時々,「あるある納豆事件」のようにウソが指弾される場合もあるのに,外国語学習法については野放し状態です。広告はその表示のしかたにさまざまな規制を受けるはずなのですが,外国語学習産業の広告には,まったくといっていいほど規制も,自己規制もかかっていません。良心的なところも少しはありますが,「楽に身につく」と称しているものは100%ウソと言って間違いないでしょう。

 

ウソがはびこる理由はいくつか考えられますが,

  • ダイエット法とちがって,検証可能な客観的データがとりにくい
  • 誰でも英語を学んだ経験があるので,自分なりの学習観を持つ人が多くて乱立しやすい
  • 特に英語学習は市場規模が大きく,新しいニッチを狙った「新規参入」組が,新しい流行商品を作るのにやっきになっている
  • 同時に外国語(英語)コンプレックスを持つ人も多く,とにかく派手な宣伝文句にとびつきやすい
  • 語学が「できる」「できない」,「マスターする」「していない」の基準がばらばらである
  • 言語能力とは「読む」「書く」「話す」「聞く」や「語彙」「文法」などの技能の複雑に組み合わさった能力であり,さらに「常識」「論理的構成力」,多分野に関する知識などが要求されるが,その一面だけを伸ばすことで語学をマスターしたと誤解しやすい
  • 結局,誰もが努力などしたくないし,楽な方法を求めている

というあたりがその理由だと思われます。

「英語ペラペラ」というのは誰でもあこがれますが,ペラペラに見えてもかなり間違いだらけのペラペラもありますし,間違いはないけど中身もないペラペラもあります。言葉の能力はそんなに簡単に測れるものではありません。

どんなやり方でも,それなりの効果を上げる人はいるものです。ダイエットと同じで,がんばればどんなやり方でも,いくらかなりとも力はつきます。そういう人が「このやり方はすばらしい」と思い込んでしまいます。ほんとうは,「やり方」のせいではなく本人の「がんばり」のおかげなので,別のやり方ならもっと効果を上げていたかもしれないのですが,信者になってしまった人は宣伝する側にまわって,布教活動をはじめてしまうから困ったものです。

さて,この本は世間に出回っている外国語学習についての「常識」を,第二言語習得論の観点から可能な限り学問的に検証することをめざしています。この学問分野自体,歴史は数十年と浅く,まだまだ実証的に検証できていないことが多いのですが,現在の到達点はある程度見渡せるでしょう。

取り上げられている「常識」は次のとおりです。

  1. 「母語は模倣によって習得する」のか?
  2. 「母語習得で誤りの訂正は役に立つ」のか?
  3. 「生まれつき備わっている言語習得能力がある」のか?
  4. 「教科書で習った順番に覚えていく」のか?
  5. 「繰り返し練習すると外国語は身につく」のか?
  6. 「外国語学習は音声から導入されるべき」か?
  7. 「聞くだけで英語はできるようになる」のか?
  8. 「多読で英語は伸びる」のか?
  9. 「教師が誤りを直すと効果がある」のか?
  10. 「日本人学習者もgoedやcomedと発話する」のか?
  11. 「やる気があれば上級学習者になれる」のか?
  12. 「頭のいい人が外国語学習で有利」なのか?
  13. 「物おじしない性格の人は第二言語習得に向いている」のか?
  14. 「第二言語学習者と外国語学習者では習得のしかたが違う」のか?
  15. 「学習者の言語適性はテストで測定できる」のか?
  16. 「言語学習においては女性の方が男性よりも優れている」のか?
  17. 「第二言語学習は幼少期から始めないと遅すぎる」のか?
  18. 「大人になってはじめてはネイティブ並みにマスターできる領域はない」のか?
  19. 「幼いうちなら日本人でも /r/ と /l/ を聞き分けられる」のか?
  20. 「運動機能の衰えが言語習得の到達度に影響する」のか?
  21. 本当に「言語習得の臨界期はある」のか?
  22. 「『英語耳』や『日本語耳』という区別はある」のか?
  23. 「英語は『右脳』で学習する」のか?

たとえば,7 では,「聞くだけで母語話者と同じような英語能力が身につくことはない」,8 では,「辞書を引くことなく,書物をいくらたくさん読んでも読むスピードは向上するだろうが,語彙力が増加したり,文法能力が高まったり,発音能力がよくなったりはしない」,23 では,「英語は右脳のみでは学習できない」と今までの研究成果を踏まえて断定しています。

17 では,「第二言語習得環境で,母語話者と変わらないレベルの言語(文法)能力を全員が身につけるためには,7歳ぐらいまでに言語習得を開始する必要がある」とか「どのような内容の英語教育を実施するかにもよるが,歌ったりゲームをしたりする活動が中心の小学校での200時間程度の『英語学習』は,文法習得の発達に影響を及ぼさない。」と述べていて,現在文科省が進めている方向性へ疑問を呈する形になっています。

もちろん,「じゃあ,それらの研究成果を踏まえて,これからどうしたらいいの?」という疑問に対して明快な答えは出てきません。学問というものはそういうものでしょうし,言語学習という複雑怪奇な設問に対して出てくる明快な答には,眉に唾して聞く必要があります。少なくとも,ある程度明快な答えを出すためには,その時点での学習対象と目的(大学受験・海外旅行・ニュースの聞き取りなど)を限定すること,どのレベルまでを目指すかを明確にすること,などが必要になるのでしょう。

 

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by rickie | Posted in いろんな本, 一般の語学学習, 英語の周辺 | No Comments »

『哲学ということ』 爆笑問題のニッポンの教養

5月
2008
24
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著者: 野矢茂樹・爆笑問題(太田光・田中裕二)|出版社:講談社|2007年|760円|高校生・一般向け|独断的おすすめ度 ★★☆☆

NHKで放映されている「爆笑問題のニッポンの教養」シリーズを書籍化したうちの一冊。一度でもご覧になればおわかりのとおり,爆笑問題が学者を訪ねて教わる,というか爆笑問題(もちろん太田の方が)が学者相手につっこんだり,くってかかったりというのが狙いの番組です。当然それほど深い話が期待できるわけではないですが,太田がうまく突っ込めればそれなりに面白く,かみ合わなければ編集でごまかすしかなくなります。

今回は,いきなり野矢茂樹の「田中さん,太田さん,『心って何?』と聞かれたら何と答えますか   のや」というお題で始まります。太田はテーマが文系関連だと,理系の時の,御説を拝聴させていただきます型態度とはうって変わって,本来のキャラどおり横柄・傲慢と言えそうなくらいの態度で臨むようですね。それはそれでいいのですが,議論はいまいち咬み合いません。でも,咬みあわないまます進んでいくところどころに,哲学的な考え方とはどういうものなのかがかいま見えないわけでもありません。

「日本の哲学は,欧米の哲学の解説・紹介しかしない」と言われ続けて久しくなります。特に日本の哲学者は大陸系(ドイツ・フランス)の影響を強く受けてきましたから,デカルト・カントが,ヘーゲル・マルクスに,それがサルトル・ハイデガー,そしてドゥルーズ・デリダと時代とともに変わっても,コピーとアレンジという基本線はあまり変わらなかったのは確かです。最悪の場合は,哲学=哲学史・思想史的知識となり,「ニーチェが・・・」「フッサールによれば・・・」という name dropping が哲学そのものとなり,「知ること」が「考えること」を抑圧する,という悪しき図式が暗黙のうちに支配してきたようです。その批判は,ひとつにはここ十数年の英米系哲学の流行という形で,あらわれてきました。英米系は,どちらかというと,ということだけど,知識のよろいで身をまとうより,徒手空拳で課題にぶつかるのを好むようです。哲学者は「ものしり博士」であるより,「考える人」であるべきだ,ということになります。

この本に戻ると,哲学者の名前はほとんど出てきません。野矢は,太田と対等の立場で「心とは何か」についての議論を知識としてではなく,先人が何を言ったかではなく,ごくごく普通のことばでゼロから考えようとしているように見えます(ホントはゼロからなんかではないですが)。

野矢: だから一枚岩の「これが心です」って言えるようなものはなくて,世界に入らなかったから,とりあえず心に入れておきましょうみたいな「ゴミ箱」みたいなものになっていると思うの。それが僕らが思っている「心」っていう概念。

この本を読むのに,哲学用語の知識は全く必要ありませんが,彼らの考えの筋道をたどる努力は必要です。それを小さな哲学と呼べなくはないでしょう。後半では,野矢と太田はなんとなく近づいてしまっています。この辺は番組を成立させる爆問の力量なのでしょうか。

最後のインタビュー部分で野矢は「哲学病」について語っています。多少冗談交じりでありますが,哲学者は年季の入った哲学病患者であり,初心者の哲学病患者にアドバイスできることが,哲学の社会的貢献であると。

ここで「哲学病」と言っているのはどういうことなのか説明しにくいけれど,たとえば自分とか他人というもののわけのわからなさ,常識的にあたりまえのことが,自分でも当たり前だとはわかっているけれど,でも何とも言いようのないひっかかりを感じてしまう,そういう経験のことを言っているのだと思います。おそらく誰もがそういう経験を一瞬は感じるでしょうが,ほとんどの人はすぐに忘れてしまいます。それを忘れられなくなるのが「哲学病」なのでしょう。

 

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by rickie | Posted in いろんな本, 学問を知る | No Comments »

『16歳からの東大冒険講座 [2] 情報/歴史と未来』

5月
2008
20
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東京大学教養学部編 |出版社:培風館|2005年|1300円|高校生・一般向け|210p.|独断的おすすめ度 ★★☆☆

 

東京大学が高校生向けに行っている講座を書籍化したシリーズの第2弾。第1巻目のレビューはこっちです

第1巻は理系ものが多かったのですが,今回は文系が多め。1部の最初の二つだけが理系ネタです。第1巻ほどの発見はなかったな,というのが正直な印象ですが,わたし自身文系の人間ですからそっち系の方が多少知識がある分,評価がきつくなりがちかもしれません。

このシリーズは,文系・理系ごった煮になっていて,文・理を分けた方がどの学部に進学しようか迷っている高校生にはよかったのに...という考え方も当然あるでしょう。逆に文・理を完全に分けてお互いのことは何も知らないという現在のあり方に一石を投じる意味では,これでいいのだという考え方もありえます。まっ,実際には出版社の都合でこうなったんだろうとは思いますが。

この文系・理系の壁・対立の問題で有名なのは,1950年代にイギリスの小説家兼物理学者である C. P. Snow という人が書いた(講演だったかも) “Two Cultures” という文章で,その頃からすでに文理のミゾは問題になっていました。学問は日に日に専門分化していますから,文理両方に精通することはますます難しくなっている一方,そういう人材がますます必要になっていることは確かでしょう。

第2巻のもくじは以下のとおりです。

 

1部 情報

● 携帯電話と情報の世界    川合慧

携帯電話がつながる仕組みをごく簡単にですが解説しています。糸電話は実際は伝わってない!という説にはちょっとびっくり。

 

● ソフトウェアの科学       玉井哲雄

うーん,ソフトのことを全く知らない人には入門にはなるかも。でも,最近は高校の授業でも,もっと高度なことをやっているのでは?

 

● 時計と時間の歴史       橋本毅彦

日本人は電車の発着時刻に見られるように時間に非常にうるさく,細かい...と思われていますが,実は明治時代以前はすごくルーズだったという話がおもしろい。

 

2部 歴史と未来

日米関係の現在と未来    油井大三郎

● 欧州統合を考える       柴宜弘

● 国境紛争から地域統合への道 —中ロ関係の50年—   石井明

この3本は政治・外交史のはなしです。中ロ(中ソを含む)関係史が少し面白い。「学ぶことは自己を解放することだ」というフレデリック・ダグラスのことばが印象的。

 

● 21世紀に読み直す夏目漱石 半藤一利

この人は東大の教師ではなく,漱石研究では有名な作家です。学校の宿直制度は戦前の天皇の御真影(天皇・皇后の写真)を守るためであったそうな。

 

● 馬の世界史 —世界史を再考する—   本村凌二

この人は趣味が競馬だそうです。なるほどね。馬の歴史の本でJRAから賞をもらっている!

 

● 21世紀の日本社会を考える  山脇直司

公共哲学についてです。「滅私奉公」(お国のために国民は犠牲に)でもなく,「滅公奉私」(自分の利益が全て)でもなく,「活私開公」をとなえていらっしゃるのですが,なにぶんこのスペースではちょっと本格的議論は無理ですね。注目すべき分野ですが。

 

● 日本史の謎            三谷博

少しでも日本史をかじっていればおもしろいかな。ここではおもに明治維新の謎について語っています。なぜ武士は自らの身分を葬った(廃藩置県・身分制廃止)のか,なぜ維新という変革が「復古」(王政復古)というシンボルのもとになされたのか。

 

できたら,自分の関心のないものを読んでみるといいと思います。得意な分野を伸ばすことはだいじですが,ひょっとすると得意になれるかもしれないものとの出会いがないままに終わってしまうのもさびしいと思いますよ。

 

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by rickie | Posted in いろんな本, 学問を知る | No Comments »

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