『東大英単』 と 『京大基本英単語1100』

「東大英単」  | 編著:東京大学教養学部英語部会 | 出版社:東京大学出版会 | 2009年 | 1800円 | 大学生・一般・(高校上級)向け

「京大学術語彙データベース基本英単語1100」 | 著者:京都大学英語学術語彙研究グループ+研究社 | 出版社:研究社 | 2009年 | 1400円 大学生・一般 向け

期せずして同時期に東大と京大から単語集が刊行された。

『東大英単』 と 『京大基本英単語1100』。

暗記用の単語集というものは,かつては試験対策の詰め込みようと相場が決まっていた。「単語は文脈で覚えていくもの,だから英文に触れて未知の単語に出会うたびに覚えていくべきであって,単語集なんか邪道だ,受験生じゃあるまいし」というのが英語の教師やら「達人」やらの託宣であった。つまり,単語集は,ふだんの努力を怠っている者が,大学入試やら英検やらTOEICやらの「試験の前にあわてて使うもの」であった。

 

それが天下の東大,京大が大学生をターゲットにした[1] 単語集を出版する時代である。時代は変わった,と言えなくはないが,でもあながち「学力低下」のためだけとは言えまい。「単語は英文に触れながら覚えるもの」といっても,それでは読んだ文章によって語彙に偏りができるし,第一,効率的だとは思えない。比較的短期間で単語を増やしてから読んだ方が,読む効率も上がり,その分触れる英文・語彙も増えるから,さらなる語彙増強が図れると考えるのも当然で,そもそも単語集は毛嫌いされるべきものではなかったのである。わたしも単語集というのは好きできなかったけれど,それはある種の知的エリーティズムのせいというより,単語集で学ぶということの窮屈さ,シャカリキさがいやだったというだけの話である。

 

そうした「ええかっこしい」を捨てたところから,『東大英単』と『京大基本英単語1100』は生まれたようだ。そのねらいには共通するものが多いであろうが,できあがったものはかなり違っている。

 

  東大英単 京大基本英単語1100
収録語彙数 280 1100
判型 A4 新書
編集した教師 英語科 全学部の協力
収録語彙の選定 "On Campus" データベース
収録語彙の傾向 汎用 学術論文

 

『東大英単』は,自校で作成し,教養学部1年で使う"On Campus"というテキスト(英文アンソロジー)の14の英文から選出した280の単語を収録している。各単語にほぼ1/2ページ使って,

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  1. 見出し語
  2. 発音
  3. 英語による語義(英英辞典的説明)
  4. 派生語
  5. 例文とその和訳 2つ
  6. 長めの解説

という順で,1語1語をじっくりと扱っている。日本語訳が載っていないのが特徴の1つと言えるだろう。単語の難易度レベルは決して高くなく,せいぜい英検準1級程度の単語が並んでいる。読者が東大生なら知っているはずの単語が8割以上のはずだ。だがら本書のねらいは,英単語の日本語の意味を言えるかどうかのレベルではなく,よく使われる語のニュアンスや用法も含めて1つ1つの語の手触りのようなものを感じ取らせるということなのだろう。英単語の日本語訳を知っていれば,それが単語を「知っている」ことだと思われがちだが,実はそうではない。英文を読んでいれば,知っている単語なのに何でこの単語がここで使われているのか,どうもしっくりこないという経験をしたことがあるはず。日本語訳でとらえきれない個性が単語にはあって,それを文と接しながら経験的に体得することがだいじなのである。基本的なことほど難しい。このへんの考え方は,京大本と好対照をなす。いかにも英語の教師が作った単語集だなという感じを抱かせるところだ。

各章末には2~3ページのコラムがあり,これも単なるおまけではなくて,語彙にまつわる話題を深く掘り下げた充実した内容になっている。

 

『京大学術語彙データベース基本英単語1100』は,文字どおり学術論文を読みこなし,執筆するのに必要な単語集というコンセプトでできている。各学問分野ごとに,学術雑誌からの英単語データーベースを作り(1000万語以上だという),そこから「文理共通語彙(477)」「文系共通語彙(311)」「理系共通語彙(322)」を絞り込むという具合に作られている。外見は受験用の単語集とそっくりで,おまけに赤いプラスチックシートまでついている。

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  1. 見出し語
  2. 発音
  3. 日本語の意味
  4. 例と訳(文よりも句の例が多い)
  5. 派生語

収録語彙数が多いのだから当然だが,レベルは東大本よりも高いと言えよう。特に「理系共通語彙」には,日本語訳を見てもわからない単語がちらほらある。 dendritic 「模樹石様の」,telomere 「テロメア」なんてのもある。テロメアって....。もちろん,文系なら「文系共通語彙」だけをやればいいということなのだろうが,どちらにも文理問わず必要な単語もあるので要注意ではある。

見かけはどう見ても受験生用単語集なので,面白みに欠けてはいるが,よくよく見てみると語彙の選出はなかなか見事である。「文理共通」の前半はやさしい単語が並んでいるのだが,後半は「あっ,この単語は大事なわりにあまりよそでは取り上げられないよなぁ」という語が目白押しで,実によく考えて作られている。単にコーパスから機械的に選んでいるのではなさそうだ。各所に「『意味』の使い分け」のコーナーがあり,類語の違いを簡単に説明している。東大本が「1つずつじっくり」であるのに対し,京大本はどうしても「浅い説明でたくさんの単語」となってしまう弱点をこのコーナーで補っている。

 

この項を書くに当たって両書の全単語を入力したのだが,といって著作権があるからそれをここに掲載するわけにもいかない[2]

両書に共通して選ばれていた単語だけ載せておくことにする。以下の76語だ。

advocate, alternative, ambiguous, apparent, array, articulate, capability, chronic, cite, commodity, communal, component, conjecture, consequence, consistent, construct, contamination, context, contradiction, counterpart, crucial, demonstrate, differentiate, dimension, dismantle, diversity, dominant, dynamics, evident, exclusively, exhibit, explicit, facilitate, finite, framework, furthermore, heterogeneity, hypothesis, impose, incorporate, indicate, individual, inherent, interaction, involve, maintain, manifestation, mutually, negligible, occurrence, parameter, perspective, phenomenon, potential, predominantly, previous, prominent, ratio, reference, revise, rigorous, sequence, sphere, stable, standardize, strategy, stress, subjective, subsequent, tacit, theoretical, trait, transcend, undermine, unify, variable

 

どちらがすぐれているのか,どちらを使うべきか,比較したくなるかもしれないが,コンセプトがまったく違い,どちらのコンセプトも学習上意味のあるコンセプトである。優劣を競うのはムダだと思う。語彙力増強に関心があるのなら両方持っていていいだろう。高校生なら,これらを使う必要はない。すでに大学受験用の単語集をこの1学期の時点で終えてしまった人[3]は,東大本をパラパラ眺めてみるのもいいだろうし,年を越して試験間際に京大本の「文理共通語彙」を詰め込むという方法もある。

 


  1. 自校の学生をターゲットにして作られているのは確かだが,両書とも本当のターゲットは広く一般の学生・社会人であろう。じじつ先行の「東大英単」はビジネス街の本屋で売れているという話だ。 [▲ 戻る]
  2. 単語には著作権はないが,どの単語を選ぶかにはあるだろう [▲ 戻る]
  3. 実際いるんですよ,そういう生徒も。 [▲ 戻る]

 

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