The Gettysburg Address の英語解説

ノーベル文学賞受賞者でもある小説家ウィリアム・フォークナー (William Faulkner) はアメリカ南部出身ですが,戦後の日本を訪問した際に,敗戦国日本の国民のメンタリティーを南北戦争後の南部人のそれにたとえたことがあります。そこから新しい文化が生まれるとも言っています。「戦争に負ける」ということがどういうことなのか,経験をしたことのない国民にはなかなかわからないでしょうが,かくいう我々も半ば以上忘れているようです。

 

Confederate States of America の国旗

Confederate States of America の国旗

アメリカの南北戦争(the Civil War)は,1861年に始まりました。サウスカロライナ,ミシシッピ,フロリダ,アラバマ,ジョージア,ルイジアナ,テキサス,バージニア,アーカンソー,テネシー,ノースカロライナの11州がアメリカ合衆国から離脱し,あらたにConfederate States of America (アメリカ連合,南部連合などの呼び名がある)を結成し,リンカーン大統領(Abraham Lincoln)率いる北部との内戦(a civil war)に突入しました。

南軍の士気は北軍を上回り,当初は南軍優勢で戦局はすすみました。しかし戦争が長引くにつれ,経済的な国力で優位に立つ北部が挽回しはじめ,ついに1965年,南部は降伏します。アメリカで唯一の内戦であるこの戦争はアメリカ人,特に敗者となった南部の人々の心に大きな傷跡を残しました。

ゲティスバーグの戦いはこの戦争の転換点になった戦闘で,ペンシルヴァニア州ゲティスバーグを中心として,3日間にわたり展開された南北戦争最大の激戦といわれています。これ以前には,北部は押され気味でしたが,これ以降は北部が連勝していきます。

この戦いの4ヶ月後,戦没者慰霊のための式が同地で開かれ,その際にリンカーン大統領が行ったスピーチが「ゲティスバーグ演説」です。

以下にあげるのがその全文と和訳と解説ですが,大統領のスピーチとしてはごくごく短いものですね。最後の一節はあまりにも有名ですが,歴史的背景を踏まえておかないと,その意義はとらえ損ねてしまうかもしれません。

 

Gettysburg, Pennsylvania
November 19, 1863

Four score and seven years ago our fathers brought forth on this continent, a new nation, conceived in Liberty, and dedicated to the proposition that all men are created equal.

Now we are engaged in a great civil war, testing whether that nation, or any nation so conceived and so dedicated, can long endure. We are met on a great battle-field of that war. We have come to dedicate a portion of that field, as a final resting place for those who here gave their lives that that nation might live. It is altogether fitting and proper that we should do this.

今から87年前に,我々の父たちはこの大陸に新しい国家を打ち立てました。「自由」の理念から生まれ,「すべての人は生まれながらにして平等である」という命題を至高とあがめる新国家を。

そうした国家が,あるいはこのような理念から生まれ,このような命題を信じる国家はいかなる国家であろうと長く存続できるのか,それが試される大きな内戦の渦中にいまわたしたちはいます。わたしたちがいま集っているのは,そういう戦争の大きな戦場のひとつです。わたしたちがやって来たのも,そういう国家が存続できるようにとここで命を捧げた人々のための最終的な安住の地としてその戦場の一画を捧げるためです。このおこないはまったくふさわしく,また当然のことでしょう。

 
  • score   「20」 four score で80 を表す。score はdozen 「12」と同じく,単複同形の名詞なので,* four scores にはならない。この演説が行われたのが1863年,その87年前の1776年にアメリカ合衆国は独立した。ちなみに, scores of ~, dozens of ~ はどちらも「何十もの~」の意味で,これらは複数形で使う。
  • our fathers  いわゆる「建国の父」( founding fathers )のこと。
  • bring forth   「~を生み出す,引き起こす」 目的語は a new nation
  • conceive  「(子どもを)はらむ」 このconceived とdedicated は a new nation にかかる。 conceive は日常語では「想像する」の意味が有名だがここは違う。
  • proposition that …   「・・・という命題」 that は同格節を導く
  • all men are created equal  「すべての人は平等に造られている」 equal は補語で, create O + C  「(神などが)OをCの状態で造り出す」 「建国の父」のひとりであるトマス・ジェファソン(Thomas Jefferson)の起草になる独立宣言の中のもっとも有名なことばが,We hold these truths to be self-evident, that all men are created equal 「すべての人は生まれながらにして平等であるという真理をわれわれは自明なものと考える」で,アメリカ人なら誰でもこのことばを知っているでしょう。
  • be engaged in ~ 「~に従事する」
  • civil war  「内戦」
  • testing whether …   「・・・かどうかを試す」 分詞構文
  • that nation, or any nation so conceived and so dedicated,   「そうした国家が,または,そのように生まれ,そのように捧げられたどんな国であれ」 2つの so + p.p.(過去分詞)がany nation を修飾。「アメリカであれ,アメリカ以外の自由と平等を国是とするどんな国であれ」ということ
  • endure 「長続きする,存続する」 (= last)
  • We are met  は「出迎えられる」「直面する」の意味が多いが,ここは We meet each other の受け身 We are each other met の意味と解釈しておきます。
  • a portion of  ≒  a part of
  • resting place   「休憩所,安息の地(= 墓場)」
  • that that nation might live = so that that nation might live 「その国が生きるために」 so that S may V  「SがVするために」の目的表現。 so (または that のどちらか)が省略されることがある。
  • It is altogether fitting and proper that we should do this  「わたしたちがこれをするのは,まったくふさわしく当然だ」 形式主語構文。 should は, It is natural(proper) that S should V という形で使われ,別になくてもいいのだけれど「意外感」を表す時に使うshould。

 

But, in a larger sense, we can not dedicate — we can not consecrate — we can not hallow — this ground. The brave men, living and dead, who struggled here, have consecrated it, far above our poor power to add or detract. The world will little note, nor long remember what we say here, but it can never forget what they did here.

しかし,もっと広い意味で考えると,この地を捧げること,この地を聖なるものとし,神に供することなどわたしたちにはできません。生きている人も死せる人も含め,ここで戦った勇敢な人たちによってすでに神に捧げられていて,それに付け加えることも差し引くことも,わたしたちの貧しい能力をはるかに越えることだからです。わたしたちがここで語ることなど,世界は注目もせず長く記憶することもないでしょうが,彼らがここで成し遂げたことは忘れ去られることは決してありません。

 
  • in a ~ sense  「~な意味で」
  • consecrate, hallow どちらも「(神に)捧げる」
  • this ground 「この土地」=前段で battle field, that field といっていたものを指す。これは dedicate, consecrate, hallow の目的語。
  • The brave men, living and dead, who struggled here 「ここで戦った,生きている,そして死んでしまった,勇敢な人たち」 兵士たちのことを指しているわけですが,リンカーンはこの演説で一度も,「北軍」「合衆国」にあたることばを使っていません。つまり,「南軍」「南部連邦」も含めて,brave men, nation といっているわけです。
  • far above our poor power to add or detract 「つけ足したり,差し引いたりする我々の貧しい能力をはるかに越えて」 above one’s power 「~の能力を超えている」 cf. above my understanding 「わたしの理解を超えて」
  • The world will little note, nor long remember what we say here 「世界はわたしたちがここで言うことに注目もしていないし,また長く記憶もしない」 動詞にかかる little は「ほとんどない」ではなく「まったくない」(=never)。 long = for a long time 。 what we say here は note と remember 共通の目的語。
  • it will never   it = the world

 

It is for us the living, rather, to be dedicated here to the unfinished work which they who fought here have thus far so nobly advanced. It is rather for us to be here dedicated to the great task remaining before us — that from these honored dead we take increased devotion to that cause for which they gave the last full measure of devotion — that we here highly resolve that these dead shall not have died in vain — that this nation, under God, shall have a new birth of freedom — and that government of the people, by the people, for the people, shall not perish from the earth.

ここで戦った彼らがかくも気高く前に推し進めた未完の事業に身を捧げねばならないのは,むしろ生き残ったわたしたちの方のなのです。むしろわたしたちこそが,目の前に残された偉大な責務に身を捧げねばなりません。偉大な責務,それはすなわち,これら名誉ある死者が最後で最大の献身を果たした理想に対し,それを彼らから引き継いでいっそうの献身を果たすこと。これら死者たちの死をけっして無駄にすることはすまいと決意を固めること。神のもとでこの国に自由の新生をもたらすこと。そして,人民の人民による人民のための統治をこの地上から死滅させはしないということなのです。

 
  • It is for ~ to V  「Vするのは,~の役割・義務だ」 ( ≒ It is up to ~ to V )
  • the living  「生きている人々」 the + 形容詞 「~な人々」
  • be dedicated to + 名詞・動名詞 「~に献身する・専念する」
  • the unfinished work which they who fought here have thus far so nobly advanced 「ここで戦った彼らが,このように高貴に前進させた,未完成の仕事」 unfinished 「完成していない」。 they who fought here 「ここで戦った彼ら」 they のような人称代名詞が関係節の先行詞になるのは今ではかなり古風な言い方。
  • the great task remaining before us 「わたしたちの前に残っている偉大な仕事(責務)」 この後の4つの that 節(―つき)は,このtask の説明。「責務,つまりAとBとCとDという責務だ」
  • from these honored dead we take increased devotion 「これらの名誉の死者から,よりいっそうの献身をひきつぐ」 この take は「受け取る,引き継ぐ」こと。 increased devotion 「増加した献身をひきつぐ」というのは,献身を引き継いでそれをさらに大きくすること。形容詞がこのように,動作の結果~になる,という意味を表すことがある。
  • cause  「大義,理想,主義主張」
  • full measure of ~ 「最大限の~,すべての~」 measure 「程度・限度」
  • resolve that S + V  「・・・・ことを決意する」
  • these dead shall not have died in vain 「これら死者たちが無駄に死んだことにはならないようにさせる」 主語が we, I 以外のshall (2, 3人称のshall)は,will とは異なり,「話者の意志」「第三者の意志」を表し,「~するようにさせよう」という意味。ここでは「死が無駄になるようにはさせまい」「死を無駄にすべきではない」ということ。 以下のshall も同じ考え方。have died となっているのは死が過去のことだから。「無駄に死んでしまった,ということにはさせない」というわけ。 in vain 「むだに,むなしく」
  • government of the people, by the people, for the people については,下を参照
  • perish 「滅びる,死滅する」

 

government of the people, by the people, for the people は,「人民の,人民による,人民のための政治・統治・政府」などと訳されています。

「人民による」というのは,統治主体が国民であること,つまり主権在民を表していますし,「人民のための」というのは統治の目的が人民の利益にかなうものでなければならない,ということでしょう。この2つがわかりやすいのに対し,「人民の」が何を言いたいのかは,実はよくわかっていません。of the people とはどういうことなのか。この of がどういうはたらきなのか,一般的に議論になっているのは,以下のような解釈のようです。

  1. 「所有の of 」
  2. 「起源の of 」
  3. 「目的格関係の of 」

1. は government of Japan のような「~が所有している」の意味です。government of the people という句では,The people has[have] the government. もしくは,The government belongs to the people. の関係が成り立つことになります。of 自体の意味としてはいちばん一般的と言ってもいいのですが,by the people の部分と意味がカブリそうです。

2. は be born of ~ 「(家系など)の生まれである,~から生まれる」とか,come of ~ 「~の出である,~から生じる」という時のof と同じ「~から」と訳せる起源・出身をあらわす of です。 The government comes of the people. の関係ということになります。ただ, come of ならまだしも,government of ~ だけでこの意味にとるのは少し苦しい気がします。

3. の解釈は,前の名詞が government であることから考えて,いちばん有力でしょう。 government は「政府」という普通名詞でもありますが,govern 「統治する」という動詞の派生名詞でもあり,この場合は「統治(すること),国などを治めること」という抽象的な意味を持ちます。

一般に,動詞の派生名詞の後ろに of ~ をつけると,(1) 「主格関係のof」 つまり,「~が・・・すること」という関係が成り立つ( love of mother 「母の愛=母が愛する気持ち」)場合と, (2) 「目的格関係のof」つまり,「~を愛すること」の関係が成り立つ( education of children 「子どもの教育=子どもを教育すること」)のどちらかの関係がことが多いわけです。この点は日本語の「の」も同じですからむずかしくないでしょう。

したがって, government of the people は「人民を統治すること」という意味に解釈するのが英語的には,すんなり理解できるところではあります。

もちろんこういうことばは,使用文脈をはなれて一人歩きを始めます。最初の話者はどのような意味で言ったのか。それを耳にした現場にいた人々はどのように受け取ったのか。広まった時点でどう解釈されていたのか。現代の英語国民ならどう受け取るのか。論理的にどう解釈するのが自然か。どう解釈するのが有益か。これらはすべて異なる可能性があり, それぞれが同じく正当性を主張し始めることもあります。「誤読」も創造的,という場合もあるでしょう。

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。