A Scandal in Bohemia 「ボヘミアの醜聞」 — 9

今回で初めて事件の概要が明かされる。すべてホームズと国王による会話のやりとり。

掛け合い漫才のように,テンポのよい短いことばの応酬です。

 

 

<― 朗読

"Then, pray consult," said Holmes, shutting his eyes once more.

"The facts are briefly these: Some five years ago, during a lengthy visit to Warsaw, I made the acquaintance of the well-known adventuress, Irene Adler. The name is no doubt familiar to you."

"Kindly look her up in my index, Doctor," murmured Holmes without opening his eyes. For many years he had adopted a system of docketing all paragraphs concerning men and things, so that it was difficult to name a subject or a person on which he could not at once furnish information. In this case I found her biography sandwiched in between that of a Hebrew rabbi and that of a staff-commander who had written a monograph upon the deep-sea fishes.

"Let me see!" said Holmes. "Hum! Born in New Jersey in the year 1858. Contralto — hum! La Scala, hum! Prima donna Imperial Opera of Warsaw — yes! Retired from operatic stage — ha! Living in London — quite so! Your Majesty, as I understand, became entangled with this young person, wrote her some compromising letters, and is now desirous of getting those letters back."

"Precisely so. But how — "

"Was there a secret marriage?"

"None."

"No legal papers or certificates?"

"None."

"Then I fail to follow your Majesty. If this young person should produce her letters for blackmailing or other purposes, how is she to prove their authenticity?"

"There is the writing."

"Pooh, pooh! Forgery."

"My private note-paper."

"Stolen."

"My own seal."

"Imitated."

"My photograph."

"Bought."

"We were both in the photograph."

"Oh, dear! That is very bad! Your Majesty has indeed committed an indiscretion."

"I was mad — insane."

"You have compromised yourself seriously."

"I was only Crown Prince then. I was young. I am but thirty now."

"It must be recovered."

"We have tried and failed."

"Your Majesty must pay. It must be bought."

"She will not sell."

"Stolen, then."

"Five attempts have been made. Twice burglars in my pay ransacked her house. Once we diverted her luggage when she travelled. Twice she has been waylaid. There has been no result."

"No sign of it?"

"Absolutely none."

Holmes laughed. "It is quite a pretty little problem," said he.

"But a very serious one to me," returned the King reproachfully.

"Very, indeed. And what does she propose to do with the photograph?"

"To ruin me."

"But how?"

"I am about to be married."

"So I have heard."

「では,そのご相談を伺うことにいたしましょう。」そうホームズは言って,もう一度目を閉じた。

「事実はあらましこういうことだ。つまり,5年ほど前のことだが,ワルシャワへの長期の訪問の最中に,ひとクセもふたクセもある女として名高い女性と知り合いになったのだが,名前はアイリーン・アドラーという。あなたもおそらく名前はご存知かもしれない。」

「すまないが,博士,僕の例の索引で調べてくれないか。」ホームズは目を開けずにつぶやいた。長年にわたり,彼は人事万端に関してありとあらゆることの要点を記録しておくというやり方を採用してきたので,どんなテーマ,どんな人物であれ,その場ですぐに情報を引き出すことは造作もないことだった。この時はその女の経歴が,とあるユダヤ教のラビの記述と,深海魚についての論文を書いた参謀本部の中佐の記述にはさまれているのを見つけ出した。

「ちょっと見せてくれ。」ホームズが言った。「ふむ。1858年ニュージャージー生まれ。コントラルト歌手。ふむ。スカラ座で上演。ふむ。ワルシャワ王立オペラでプリマドンナ。そうか。オペラ界から引退。ほぉ。ロンドン在住。なるほどね。ということは,陛下はこの若い女性に親密な間柄となって,表沙汰にはできないような手紙を出され,今はそれを取り戻したい,というわけですね。」

「まさにそうなのだ。だが,どうしてそれを…」

「ひそかに籍を入れられたなどということは?」

「ない。」

「法的に有効な書類や証明書などは?」

「それもない。」

「となると,陛下,よくわかりませんな。この女性が仮に恐喝なり何なりの目的で,手紙を持ち出したところで,それが本物だと証明できるでしょうか?」

「筆跡というものがある。」

「ははは,偽物だと言えばよいのでは。」

「私用で使っている便箋なのだ。」

「盗まれたと言えばよいでしょう。」

「私の封印が押してある。」

「偽造だと。」

「私が映っている写真もある。」

「買ったものだとでも。」

「ふたりいっしょに映っているのだ。」

「なんと!それはいただけない。陛下ともあろうお方が軽率なことをなさいましたな。」

「まともじゃない,どうかしていたのだ。」

「ずいぶんと不名誉なことをなさったものです。」

「当時はまだ皇太子だった。若かったのだ。今年ようやく30になったばかりだ。」

「取り戻すしかありません。」

「手は尽くしたが,うまくいかないのだ。」

「金で解決なさればよい。買い取ればすむことです。」

「彼女が売ろうとしないのだよ。」

「では,盗む,というのは?」

「5回ほど試してはみた。泥棒を雇って家捜しさせたのが2回。彼女の旅行中に荷物を奪い取ったのが1回。待ち伏せしたのが2回。どれも成果なしだ。」

「手がかりのようなものは?」

「まったくない。」

ホームズは吹き出した。「これはまた,なかなかの事件ですな。」

「私にとっては深刻な問題なのだ。」と,国王はとがめるようにことばを返した。

「仰せの通り。で,彼女は写真をどうしようというのですか?」

「私を破滅させたいのだ。」

「でも,どうやって?」

「私は結婚することになっている。」

「そうらしいですね。」

 

  • Then, pray consult ― pray = please 。(既出)
  • The facts are briefly these: ― briefly 「簡潔に」は,ここでは文修飾副詞(動詞・形容詞・副詞にかかっているのではなく,文全体にコメントを加える働き)で,briefly speaking 「簡潔に言えば」と同じ。 英語では,this, these などは前のことばを指すだけでなく,後ろに来ることばも指せる。つまり, this, these は「次のこと」を意味することがある。(ex.) I’ll say this: she’s innocent. 「このことだけは言っておく。彼女は無実だ。」
  • Some five years ago ― 数字の前の some は「およそ,約」 = about 。
  • lengthy visit ― lengthy 「長ったらしい」 ( very long, often too long, in time or size (OALD))
  • made the acquaintance of the well-known adventuress, Irene Adler.make the acquaintance of ~ 「~と知り合いになる」。 adventuress 「女冒険家,女山師,手段を選ばず富や地位を手に入れようとする女」 ここでホームズが初めてアイリーン・アドラーの名を知ることになりますが,国王の口からは女山師,あばずれ,スベタ扱いされています。
  • The name is no doubt familiar to you. no doubt (副詞)「おそらく,きっと」 be familiar to ~ 「~にとってなじみ深い,~に知られている」
  • "Kindly look her up in my index, Doctor" ― kindly は命令文の前につけて「恐れ入りますが」の感じを付け加える。 look A up in B 「B(本など)でAを調べる」。(ex.) look up the word in the dictionary 「辞書で単語を調べる」。
  • a system of docketing all paragraphs concerning men and things, ― docket 「~の概要を記録する」 paragraph 「(新聞などの)短い記事」 concerning ~ (前置詞)「~に関して」
  • so that it was difficult to name a subject or a person on which he could not at once furnish information. ― 結果の so that …  「したがって,だから...」。 name 「挙げる」, furnish 「供給する,与える」。
  • I found her biography sandwiched in between that of a Hebrew rabbi and that of a staff-commander who had written a monograph upon the deep-sea fishes. ― sandwiched は過去分詞で, find O + C のC(biography にかかると解釈しても同じこと)。 in between ~ 「~の中間に,~にはさまれて」。 that of の that = biography。 monograph 「(短い)研究論文」。
  • Let me see ― Let me see. は「ええと」ぐらいに訳す,ことばを探す時に使う表現でもあるが,ここでは文字どおり「私に見せて下さい」の意味。
  • Hum! Born in New Jersey in the year 1858. ― このへんはそのインデックスの断片を読み上げているところ。
  • Contralto ― 「コントラルト」。アルトと同じで声楽の女性のパートの低音域。
  • 19世紀のスカラ座

    19世紀のスカラ座

  • La Scala ― イタリア,ミラノにある「スカラ座」。
  • Prima donna Imperial Opera of Warsaw ― 「プリマドンナ」はオペラの女性主役歌手。
  • Retired from operatic stage ― retire from ~ 「からを引退する」。ここは過去分詞で完了を表す。
  • quite so! ― 「まったくそのとおり」(英)。
  • became entangled with this young personbe entangled with ~ 「からに巻き込まれる」。
  • wrote her some compromising letters ― compromise 「名誉を汚す」
  • is now desirous of getting those letters back. ― be desirous of ~ 「~をのぞむ」(= desire)。
  • "But how —"  ― 「でもどうして(それがわかったのだ)?」ということ。まだ,手紙のことは言っていないのに...と驚いている。
  • No legal papers or certificates? ― certificate 「証明書」
  • Then I fail to follow your Majesty.fail to V 「Vできない」。 follow 「ついていく,理解する」。
  • If this young person should produce her letters for blackmailing or other purposes,if S should + V は「もし万一~したら(しても)」という意味の仮定法の一種。このshouldを使った if 節があると,主節は仮定法でも直説法でもよい。つまり,ここで how で始まる主節の中では,仮定法のwouldなどがないことに注目。 produce 「(証拠などを)提出する」。 blackmail 「恐喝する,ゆする」。
  • how is she to prove their authenticity? ― be to V(原形)が使われている。 be to V は主に未来のことを示し,「Vすることになっている,Vすべきだ」などいろいろな意味になる。ここでは How will she prove …? とあまり変わらない。 prove + O 「証明する」 ←→ prove + C 「Cだとわかる」。authenticity 「本物であること」。
  • writing ― ここでは「筆跡」。
  • "Pooh, pooh! Forgery." ― Pooh = used to say that you think somebody’s ideas, suggestion, etc. is not very good or that you do not believe what somebody has said (OALD) 「誰かの考え・提案などがあまり優れたものではないことや,誰かの発言が信じられないと言う時に用いる」 forgery 「偽造」
  • My private note-paper. ― note はここでは「手紙」。国王の便箋が特殊なものだったことは前に語られていた。
  • seal   印

    seal   印

  • My own seal. ― seal 「封印」。日本では印鑑を用いる時,欧米ではふつうサインで済ませるが,貴族・国王ともなればsealを使う。これは,朱肉の代わりに溶かした赤い(ろう)を紙の上にたらして,その上に印を押すことで作成する。
  • Oh, dear! ― dear! 「おやまあ」(驚き,悲しみ,失望などをあらわす)。
  • Your Majesty has indeed committed an indiscretion. ― commit 「(犯罪・まちがいなどを)おかす」。 indiscretion 「軽率」だが,抽象名詞に a をつけたり,複数形にしたりすると具象化されて,「~なこと,~なもの」になる。ここでは「(ひとつの)軽率なこと・行動」。
  • insane ― 「正気でない」。
  • You have compromised yourself seriously. ― compromise 「名誉を汚す」(既出)。
  • I am but thirty now. ― この but は副詞で only と同じ。 「~にすぎない」。
  • It must be recovered. ― recover 「とりもどす」
  • "Your Majesty must pay. It must be bought." ― 金を払って解決しろという提案をしている。
  • She will not sell. ― このwillは未来のことと解釈すれば「売らないだろう」。will には現在の意志・固執を表す用法もあり,その場合は「どうしても~しようとする(しない)」となる。翻訳では《延原訳》は未来,それ以外は固執で解釈している。未来なら,まだ売ってくれとアイリーンに申し出ていないことになるが,これだけ手を尽くしているのだから,「もう何度も申し出ているが,どうしても売ろうとしない」の方がいいと思う。
  • Five attempts have been made. ― make attempts 「試みる」の受け身。
  • Twice burglars in my pay ransacked her house. ― burglar 「強盗」。 in one’s pay 「~に雇われて」。 ransack 「~をくまなく捜す」。いくら国王とはいえ,自分の火遊びの証拠を消すために犯罪行為(+他国の主権侵害)を平然と命じ,「それをヨーロッパの歴史に影響を与えかねない」とか言って正当化して,アイリーンを悪役に仕立ててしゃべる男も尋常ではない。
  • Once we diverted her luggage when she travelled. ― divert は「そらす」という意味だが,ここは彼女の手を離れた隙に荷物の行き先をそらす(というか,かっぱらう)こと。
  • Twice she has been waylaid. ― waylay 「待ち伏せする」。
  • It is quite a pretty little problem ― pretty (副詞)「かなり,けっこう」。ここはもちろん皮肉で言っている。
  • "But a very serious one to me," ― one = problem。
  • returned the King reproachfully. ― return はここでは「返答する,言葉を返す」。 reproachfully 「非難がましく」 < reproach 「非難する」。
  • And what does she propose to do with the photograph? ― 直訳すると,「で,彼女はその写真で何をしようともくろんでいるのですか?」 この propose は「もくろむ,企てる」。
  • To ruin me. ― ruin 「だめにする,破滅させる」。 to は前文の propose to を受けて。
  • I am about to be married. ― be about to V 「まさにVしようとしている」≒be going to。
  • So I have heard. ― 「それは聞いています」。新聞などで知っている,ということ。

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