A Scandal in Bohemia 「ボヘミアの醜聞」 — 4

第4回め。ホームズは開口一番,ワトソンの近況についての推理を始めます。推理といっても,断定的に言い切るのがホームズの特徴で,ワトソンも唖然としています。もっともワトソンはそんなホームズの切れ味を味わいに立ち寄ったのですが。

 

"Wedlock suits you," he remarked. "I think, Watson, that you have put on seven and a half pounds since I saw you."

"Seven!" I answered.

"Indeed, I should have thought a little more. Just a trifle more, I fancy, Watson. And in practice again, I observe. You did not tell me that you intended to go into harness."

"Then, how do you know?"

"I see it, I deduce it. How do I know that you have been getting yourself very wet lately, and that you have a most clumsy and careless servant girl?"

"My dear Holmes," said I, "this is too much. You would certainly have been burned, had you lived a few centuries ago. It is true that I had a country walk on Thursday and came home in a dreadful mess, but as I have changed my clothes I can’t imagine how you deduce it. As to Mary Jane, she is incorrigible, and my wife has given her notice, but there, again, I fail to see how you work it out."

He chuckled to himself and rubbed his long, nervous hands together.

"It is simplicity itself," said he; "my eyes tell me that on the inside of your left shoe, just where the firelight strikes it, the leather is scored by six almost parallel cuts. Obviously they have been caused by someone who has very carelessly scraped round the edges of the sole in order to remove crusted mud from it. Hence, you see, my double deduction that you had been out in vile weather, and that you had a particularly malignant boot-slitting specimen of the London slavey. As to your practice, if a gentleman walks into my rooms smelling of iodoform, with a black mark of nitrate of silver upon his right forefinger, and a bulge on the right side of his top-hat to show where he has secreted his stethoscope, I must be dull, indeed, if I do not pronounce him to be an active member of the medical profession."

「結婚生活が君には合っているようだね。」と,彼は言った。「最後にあってから7ポンド半は太っただろうな。」

「7ポンドだよ。」と,僕は答えた。

「そうかな。もうちょっと重いと思ったんだけどね。あとほんのちょっとあると思うよ,ワトソン。それに見たところ,開業を再開したようだね。仕事を始めるつもりだなんて言ってくれなかったじゃないか。」

「じゃあ,どうしてわかるんだい?」

「わかるさ。推論だよ。最近ズブ寝れになったことがあるとか,君んちのメイドは不器用な上にずさんな子だってこともわかるんだけどね。」

「そりゃあんまりだよ,ホームズ」と僕は言った。「何百年か前に暮らしてたら,君はきっと火あぶりにされてたよ。確かに僕は木曜日に田舎道を散歩していて,家に帰った時にはびしょびしょだったけど,もう服は着替えたんだから,君がどうやって推論したのか想像もできないな。それからメアリー・ジェーンのことだが,彼女は救いようがないメイドで女房は暇を出したくらいなんだが,それだってどうやって君が見抜いたのかわからないよ。」

彼は,くっくっと笑って,指の長い神経質そうな手をこすり合わせた。

「ごく単純なことさ。」と彼は言った。「君の左足の靴の内側,ちょうど暖炉の火に照らされているあたりの皮に,6本ほどほぼ平行な切り傷がついているのが見えるからね。これは明らかに,こびりついた泥を落とそうと靴底の端のあたりを無造作に誰かがひっかいてできたものだ。このことから2つの推論が引き出せるだろう。君が悪天候の中を外出したこと,それに,君はロンドンのメイド界の中でも靴に傷をつけるような,とりわけたちの悪い部類の女を雇ったことだ。君の開業のことについて言えば,部屋にヨードホルムのにおいをまき散らしながら紳士が入ってきて,右の人差し指には硝酸銀の黒いしみをつけ,シルクハットの右側にはふくらみがあって,聴診器が隠されているのが見え見えとくれば,そいつが現役の医者であるとわからない方が,よっぽど間が抜けているさ。」

 

  • Wedlock suits you ― wedlock 「結婚生活(やや古)」。 suit ~ 「~に合っている,ふさわしい」。
  • remark ― 意見やコメント的なことを「言う」のが remark。
  • put on seven and a half poundsput on weight 「体重が増える,太る」。(ex.) put on 10kg 「10キロ太る」。7.5ポンドだと,3.4キロていど。
  • Indeed, … ― indeed はいろいろな意味になる語だが,ここでは《疑念》の意味と解釈しておく。「へぇぇ」というかんじ。
  • I should have thought a little more. ― ここはいちおう2つの解釈が可能。1つめは,should have p.p. 「~すべきだった」, a little more は think にかかり,「もう少し考えるべきだった」と訳す解釈(《延原》訳はこの解釈)。しかし,これだとホームズは自分の観察が間違っていることを認めたことになり,この場面のホームズらしくない。それに何より,a little more が直後で just a trifle more と言い換えられていて,この more は「もう少し多くの体重」の意味と取る方が自然だろう。したがって第2の解釈を採用する。 should think などの形で使う should は《婉曲》を表し,「・・・だと思うのだが」くらいの意味であり,ここは過去のことなので should have thought にしている。 a little more は 「もっと考える」のではなく,「もっと体重がある」というthink の内容。 I should have thought you put on a little more weight. のこと。「もっと太ったと思ったんだがね」(《延原》訳以外はこちらの解釈)。
  • a trifle more ― この trifle は副詞的用法で,「やや,すこし」≒ little。
  • fancy ― 「思う」(= believe, imagine)
  • in practice ― 「(医師が)開業して」。既出。
  • go into harness ― harness は「馬具(一式)」を表し,in harness で「馬具をつけて」となり,それを比喩的に用いて「仕事に従事して」となる。OALD では,in harness <BrE> "doing your normal work, especially after a rest or a holiday" (ふだんの仕事をする,特に休養,休暇のあと)となっている。開業を「再開」したワトソンにはふさわしい。
  • Then, how do you know? ― then 「では,じゃあ」はここでは,「仕事を始めるつもりだと聴いていないのだとしたら」という意味。
  • deduce ― 「推論する」はホームズのキーワードの1つ。既知の事実から論理的に結論を導き出すということ。テキトーな推測,ということではない。
  • have been getting yourself very wet lately ― yourself が O,very wet がC。 get O + C 「OをCにさせる」だから,「君は自分をびしょ濡れにさせた」=「びしょ濡れになった」ということ。なお,ここは現在完了進行形になっているが,通常この時制は《動作の継続》はず。この場合は明らかにそれではない。これ以外の現在完了進行形の用法としては,「最近の過去」(動作が発話時まで継続していたかのように話者が感じている場合)というのがあるが,それに当てはまるかはすこし微妙だという気がする。これは,ちょっとまあ,宿題ですね。
  • clumsy ― 「不器用な」
  • My dear Holmes ― 親愛の情をこめた呼びかけ。ここは,ちょっと驚きやあきれた気持ちが入っているだう。
  • this is too much ― too much 「ひどすぎること,たえられないこと」。
  • You would certainly have been burned, had you lived a few centuries ago. ― 典型的な仮定法過去完了の構文。 過去の事実に反する仮定と結論を述べる。If S had p.p. …, S would have p.p. ~. 「もし・・・していたら,~しただろう」。 if 節は if を省略して倒置( had + S + p.p. … )とすることができる。
  • in a dreadful messin a mess 「混乱して,めちゃくちゃになって」
  • as I have changed my clothes ― as は「理由」を表す。 「服を着替えてしまったので」
  • As to Mary Jane ― as to ~ 「~に関して」。 Mary Jane が問題のメイドである。
  • incorrigible ― 「矯正できない,手に負えない」
  • given her notice ― notice は「(解雇や解約の)予告,予告期間」の意味で,give ~ notice は「解雇予告をする」こと。
  • there, again ― 直訳すると「そこでもまた」。そことは,「メイドがダメなメイドであることを見抜いた点」。
  • I fail to seefail to V  「Vしない,できない」。
  • work it outwork out 「(問題などを)解く,やり遂げる」
  • chuckled to himself ― chuckle 「くすくす笑う」。 to oneself 「自分だけで,心の中で」 この句は動詞にくっついて,「他人を交えず自分ひとりだけで」その動作をすることを表す。OALD では"not shared with anyone" (誰とも共有せずに)と説明されている。 (ex.) have ~ to oneself 「~を独り占めにする」 / keep the secret to himself 「その秘密を誰にももらさない」 / say to oneself 「心の中でつぶやく」。
  • rubbed his long, nervous hands together ― rub one’s hands は文字どおり「両手をこすり合わせる」ことだが,これは歓びや満足のしぐさになる。
  • It is simplicity itself抽象名詞 + itself = very + 形容詞。日本語でも「単純そのもの」と言えば,「とても単純だ」という意味だから,よく似ている。itself 抜きで,It is simplicity. とはいえない。似たものが, all + 抽象名詞 で同じ意味。 (ex.) She is kindness itself. = She is all kindness. = She is very kind.
  • just where the firelight strikes it ― このwhere はthe inside of your left shoe を先行詞とする関係副詞(非制限用法)とも,接続詞「・・・・ところに」とも解釈できる。
  • the leather is scored ― score 「傷・切れ目をつける」
  • scraped round the edges of the sole ― scrape 「こする,ひっかく」 sole 「足の裏,靴底」
  • crusted mud ― crust 「硬くなった外皮,かさぶた,パンの耳」 なので,crusted は「かさぶた状に硬くこびりついた」
  • Hence, you see, my double deduction ― hence は「それゆえに」という副詞だが,この文のように後ろに名詞だけを置いて,「それゆえに[そこから],~(という結果)がある[生じる]」のような使い方をすることがよくある。 (ex.) We suspect they are trying to hide something, hence the need for an independent inquiry. 「彼は何かを隠しているのではないかと我々は思っている。それゆえ第三者による調査が必要だ。」(OALD)
  • vile weather ― (天気・食べ物などが)ひどい
  • a particularly malignant boot-slitting specimen of the London slavey ― malignant 「悪性の,悪質な」 slit 「引き裂く」 specimen 「見本,実例,~なやつ」 slavey 「下働きの若い女中」 全体を直訳すると「ロンドンの若い女中の,靴を引き裂くような,特に悪質な実例」
  • if a gentleman walks into my rooms ― これを含む文の骨格だけ取り出せば, if a gentleman walks …., I must be dull, if I do not pronounce … となる。「もし紳士が入ってきて,わたしが・・・と断言しないとすれば,わたしは愚か者に違いない」。
  • tophat
  • smelling of iodoform ― iodoform 「ヨードホルム」防腐・殺菌剤。
  • nitrate of silver ― 「硝酸銀」 消毒・殺菌など医療では様々な用途があった。
  • bulge ― 「ふくらみ」 これも,a black mark とならんで,with につらなっている。
  • top-hat ― 「シルクハット」と日本では呼んでいる。 ――――>
  • to show where he has secreted his stethoscope ― secrete 「分泌する,こっそり隠しておく」 stethoscope 「聴診器」(当時の聴診器は片耳用で小型だったらしい)
  • pronounce him to be ― pronounce O to be C 「OはCだと断言する」
  • the medical profession ― 「医師(界)」

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