A Scandal in Bohemia 「ボヘミアの醜聞」 — 2

「ボヘミアの醜聞」第2パラグラフ。

ここでは,「僕」=ワトソンと,ホームズの最近の関係が語られています。

かつてふたりはロンドンのベーカー街221Bで同居していたわけですが,現在そこにいるのはホームズだけ。ふたりはしばらく音信が途絶えていました。

 

I had seen little of Holmes lately. My marriage had drifted us away from each other. My own complete happiness, and the home-centred interests which rise up around the man who first finds himself master of his own establishment, were sufficient to absorb all my attention, while Holmes, who loathed every form of society with his whole Bohemian soul, remained in our lodgings in Baker Street, buried among his old books, and alternating from week to week between cocaine and ambition, the drowsiness of the drug, and the fierce energy of his own keen nature. He was still, as ever, deeply attracted by the study of crime, and occupied his immense faculties and extraordinary powers of observation in following out those clues, and clearing up those mysteries which had been abandoned as hopeless by the official police. From time to time I heard some vague account of his doings: of his summons to Odessa in the case of the Trepoff murder, of his clearing up of the singular tragedy of the Atkinson brothers at Trincomalee, and finally of the mission which he had accomplished so delicately and successfully for the reigning family of Holland. Beyond these signs of his activity, however, which I merely shared with all the readers of the daily press, I knew little of my former friend and companion.

僕はこのところホームズにはほとんど会っていなかった。僕が結婚したおかげで疎遠になっていたのだ。僕自身幸せで満ち足りていたし,はじめて一家の主人となる男というものは身の回りに起きる家庭中心のことに関心をとられるもので,そのため僕の注意はすっかりそちらに奪われていた。一方,ホームズは自由奔放な心の持ち主であったから,あらゆる人付き合いを嫌って,ベーカー街の僕たちの下宿に残って古書の山に埋もれ,毎週コカインと野心の繰り返しの一週間を送っていた。薬のもたらすけだるさに身をまかせたり,彼自身の鋭利な天性を激しく充溢させたり。あいかわらず犯罪研究に余念がなく,はかり知れない知力と並外れた観察力は,手がかりを追い求め,警察がお宮入りにしてさじを投げた謎を解明するのに夢中になっていた。彼の仕事のいくつかについては,おぼろげながら,うわさ話のいくつかが,時々僕の耳にも届いていた。トレポフ殺人事件でオデッサまで招かれたこと,トリンコマリでアトキンソン兄弟に降りかかった奇妙な悲劇の解明,さらにはオランダ王家のために彼が細心かつ見事に使命を果たしたこと。だが,彼のこうした活躍ぶりは,僕ならずとも新聞の読者なら誰でも知っていることで,かつての友人,かつての相方について,それ以上のことは僕はほとんど知らなかった。

 

 【 解説 】

  • I had seen little of Holmes lately. ― see little of ~ 「~にほとんど会わない」 (cf.) see much of ~ 「~によく会う」, see nothing of ~ 「~にまったく会わない」 過去完了形については【おまけ】を参照。
  • drifted us away ― drift away 「~を漂流させる,漂わせる」
  • My own complete happiness, and the home-centred interests ― happiness と interests の2つが主語。それに対する動詞は,were sufficient の were。
  • which rise up … who first finds himself master ― which は interests を, who はthe man を先行詞にしている。
  • finds himself master of his own establishment ― find O + C のかたち(master がC)だが,find oneself + C 「自分がCだと思う,わかる」は結果的に「Cである」「Cとなる」くらいの軽い意味になる。establishment はここでは「家,世帯」。master of … は単独なら the がつくはず。ついていない理由は,次の文法ルールのため。
    1. 「社長」「議長」などひとりで占めるような役職・地位の名詞が
    2. 補語になる時は,

    その名詞に the をつけないことが多い。

  • while Holmes, who loathed every form of society ― while は「その一方で」。loathe 「嫌う」。 society には,「社交」「人とのつきあい」という意味がある。ソーシャル・ダンスは「社会的舞踏」ではなく,「社交ダンス」でしょ。
  • with his whole Bohemian soul ― この Bohemian は地域名ではなく,「放浪癖のある」「世俗にまみれていない」「自由奔放な」。
  • remained in our lodgings in Baker Street ― lodgings 「下宿」「貸間」は1室でも複数形で使い,複数扱いする(つまり it でなく they-them で受ける)。かつて「僕」= Watson と Holmes で暮らしていた「下宿」。



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現在のロンドン・ベーカー街221Bのストリートビュー。右の緑色の看板が出ているのがホームズ博物館。
当時は221Bという住所はなかったらしく,博物館は「221Bはここだ」と自己主張しているのだそうである。


  • buried among his old books ― この berried と次の alternating は分詞構文。
  • alternating from week to week between … ― alternate 「交互にやる」 (ex.) Her mood alternated between happiness and despair. 「幸福感と絶望感の間で行ったり来たりした。」(OALD)
  • the drowsiness of the drug, and the fierce energy ― 前の cocaine and ambition を言い換えたのが drowsiness と energy。 drowsiness 「物憂さ,眠たいこと」 < drowsy 「眠たい,うとうとして」
  • He was still, as ever, deeply attractedas ever 「いつものように」
  • occupied his immense faculties … in followingoccupy O in Ving  = to fill your time or keep you busy doing sth 「~で忙しくさせる,熱中させる」。したがってここは直訳すると,「彼の持つものすごい能力と並外れた観察力を,手がかりをたどることで忙しくさせる」
  • clearing up those mysteries which had been abandoned as hopeless by the official police. ― clearing は following とともに in につづく。clear up 「(謎などを)解く,明らかにする」。abandoned as hopeless 「希望がないものとして放棄される」。
  • From time to time ― 「時々」
  • account of his doings ― account 「説明,報告,記事,はなし,うわさ」, one’s doings 「行い,活動」
  • summons ― summon 「呼び出す」の名詞は summons 「呼び出し,召還」(これで単数形)
    ここに出てくる「トレポフ殺人事件」「トンコマリ殺人事件」「オランダ王家事件」の3つは,ホームズ・シリーズで独立した小説にはなっていない。
  • case ― (1) 場合 (2) 事件 (3) 真相 (4) 症例
  • singular ― 「奇妙な,異常な」,「単数の」
  • reigning family ―  reign /rein/ 「統治する」。「統治する家族」=「王家,王族」
  • Beyond these signs of his activity ― beyond は「~を越えて」が元の意味だが,文頭に Beyond 句を置き,後に否定文をつけると,「~以外は・・・ない」の意味。
  • which I merely shared with all the readers ― share A with B 「AをBと共有する」。ここでの A は which (= these signs of his activity)。
  • of my former friend and companion ― of = about 。 former 「昔の」。

 

【 おまけ 】

このパラグラフの冒頭の2文は過去完了形で,次の文の述語動詞は過去形,2つの関係節の中の動詞は現在形になっています。

一般に小説の地の文はほとんどの場合,過去形で記述されます。この小説で言えば,ワトソンとホームズが再会し,ボヘミア王からの依頼を受け,それを解決する,という流れが,この小説の本流をなす流れで,これが順に過去形で述べられていくわけです。その地の文の中に(セリフは別の話),ところどころ過去形以外の時制が混ざり込んできます。

過去完了は,「過去のある時点までの完了,経験,継続」または「過去のある時点よりも以前に起きたこと(大過去)」を表しますから,この小説の時間の流れよりも以前の出来事を示しています。過去完了で記述することで,それを小説的時間の背景に押しやり,と同時に「で,そのあと何が起きたんだ?」という期待感を高める効果を持つ場合もあります。ここでは「ホームズと最近は会っていなかった」と述べたことで,「じゃあ,その後再会したんだ」と,読者に悟らせるのです。

現在形の方は,この文章を読んでいる読者の現在にも通用することを述べている部分です。今でも成り立つことだが,男というものは結婚すると家の雑事に気を取られ...,という具合です。小説的時間(=過去形)から突如飛び出して,読者時間(=現在形)に顔を出す,という仕組みになっているのです。文法では,「不変の真理は時制の一致をしない」という身も蓋もない言い方でルール化しているわけですが。

1 thought on “A Scandal in Bohemia 「ボヘミアの醜聞」 — 2”

  1. ぐうたらぅ より:

    こんばんは、ご無沙汰しております。
    > with his whole Bohemian soul
    ここでワトソンがホームズのことを「ボヘミアン」と表現しているところが面白いと思いました。翻訳では意味を日本語に訳しているので気づかないですね。タイトルの「ボヘミアの醜聞」はどちらのボヘミアンのスキャンダルなのか意味深ですね。

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