英和辞典を比較する (2)

単語の引き比べ —  訳語・語義はどのように選定されているか

それでは実際に単語を引き比べてみます。ここで調べたいのは,訳語がどうなっているかです。したがって,例文や解説,語法説明,囲み記事などがあってもカットすることにします。

日本語にしにくい単語,今までの辞書でイマイチだった経験のある単語を選びたいのですが,今ここでパッと思いつくのがあんまりありませんでした。思い出したら,またやってみたいと思います。この単語はどう?というご注文・ご提案がありましたらどうぞ。

形容詞 classic

ジーニアス

(1) <文学・芸術などが>最高級の,第一級の,見事な (2) 典型的な(typical),模範的な,標準的な (3) 古典の,古典的な(classical) (⇔ romantic) (4)(文学上・歴史上)由緒ある,伝統的な,有名な (5) <衣服・スタイルなどが> (流行に左右されずに)伝統的な,簡素で上品な

ルミナス

1 (スタイルなどが)伝統的な,はやりすたりのない 2 一流の(first-rate),優れた 3 典型[代表]的な 4 古典の,古典的な《古代ギリシャ・ローマ時代の芸術・文化を指す》

ウィズダム

1 典型的な標準的な<事例など> 2 (古代ギリシャ・ローマの)古典の,古典に関する 3 一流の,最高級の,見事な<芸術・文学など>; 模範的な定評のある<研究など> 4 (時代に流されずシンプルで)伝統的スタイルの,定番の<衣服・デザインなど> 5 (文学的・歴史的に)名高い,由緒ある

ロングマン

1 (作品などが)愛され続ける,傑作の,最高水準の 2 (芸術・服装などが)流行に流されない,オーソドックスな,正統派の 3 典型的な,代表的な 4 すばらしい,見事な

「ジーニアス」はまあ標準的というか,伝統的というか,ふつうの定義で,それこそ classic な説明になっています。classic と classical の違いは有名ですよね。「ルミナス」はかなり「ジーニアス」を意識しているらしく,ここだけではないのですが,「ジーニアス」に似た説明が多くなっている気がします。「ウィズダム」の「定番の」,「ロングマン」の「正統派の」なんていう訳語はなかなかいいかんじです。

各社とも独自のコーパスを使っていることを売り物の一つにしています。しかし,コーパスは「この語の後ろには不定詞が来る」といった「形」として現れる語法などを扱うのは得意ですが,「意味」についてはあまり使えません。最近はなにかと,コーパスという言葉が magic word となっていて,謳い文句に何億語のコーパスを使ってどうのこうのと言っていますが,大量のコーパスを使えば使うほど意味の処理は機械的にはいかず,難しくなるはずです。今のところコンピューターは意味を全く扱えないと考えた方がいいと思います。

これらの辞書はみな,コーパスを使って語義を頻度順に配列するとしていますが,たとえば「はやりすたりのない」という語義は,「ジーニアス」で5,「ルミナス」で1,「ウィズダム」で4,「ロングマン」で2と,見事にばらばらです。意味というものは,もともとそんなにきれいに分類されるものではない(つまり,1の意味と3の意味を両方含むなんてことがありうる)わけですから,べつに不思議ではないのですが)。

辞典作成者は意味を選定するにあたって,各種英英辞典・先行英和辞典を参考にしつつ,若干のコーパスを使って語義とその配列を決定しているはずです。最終的には個々の項目の著者の経験とセンスが物を言うので,コンピューターでできることは限られています。

 

名詞 agenda

ジーニアス

(1) 協議事項,議事(日程(表)),議題 (2) (業務の)予定表,備忘録,覚書,予定,するべきこと;(行動の)指針

ルミナス

1  (政治上の)検討課題;予定,行動計画 2 協議事項,議題;議事(日程)

ウィズダム

1 (しばしば政治における)重要課題 2 (会議などの)協議事項;予定(表),覚え書き

ロングマン

1 行動指針,政策 2 課題,問題点 3 議題,協議事項,アジェンダ

agenda は,もともとは「議題」の意味だったが,今では「課題,行動方針」の意味の方が優勢である,というのが私の個人的な考えです。「ジーニアス」以外はそうなっています。

概して言うと,「ジーニアス」の説明は長く・詳しい,「ロングマン」は短く・あっさりという感じですね。詳しい説明が不可避になることはよくありますし,とくに上級者は単に語義を文脈にあてはめるのではなく,与えられたたくさんの語義を手がかりに,その語の中核的イメージを作り上げることが可能です。載っている意味の一つを選び出すというよりも,載っている日本語から英単語の意味を多分に感覚的にとらえるわけです。その点では長く詳しい説明はたくさんのヒントとなっていいのですが,逆に初級者にはどれを選んでいいのかわからなくなって,かえって足かせになるかもしれません。詳しければいい,というものではないわけです。「ロングマン」の見切り方も一つの方針としてはありうると思います。

 

名詞 identity

ジーニアス

(1) 本人であること,同一物であること;自己同一性,帰属意識,(自己の)存在証明,生きた[ている]証し;独自性,自己認識;身元,正体;《略式》 = ~ card[certificate] (2) 個性;独自性,固有性,主体性;(作家・芸術家などの)作風;芸風 (3) […と]同一である[類似している]こと,一体性,[…との]同一性 [with]; 一致点 (⇔ difference)  (4) 《豪略式》(ある地域で)よく知られている人,名士 (5) 《数》恒等式; 単位元

ルミナス

1 身元,正体; 同一人[同一物]であること,本人であること《略 ID》 2 独自性主体性;個性,アイデンティティ 3 《格式》同一であること,一致(sameness);一体(感); 《数》等値

ウィズダム

1 身元正体当人[当の物]であること (《略》 ID) 2 アイデンティティ自己同一性独自性個性 3 《かたく》《・・・と》同一であること;《・・・との》酷似一体感 «with» 4 《数》恒等式単位元

ロングマン

1 身元,素性 2 個性,独自性,アイデンティティー 3  《フォーマル》同一性,一致

これなんかは「ジーニアス」の長所と欠点が如実に表れている項目ですね。「下手な鉄砲」とまでは言いませんが,いくらなんでも列挙しすぎの感があります。「帰属意識」「存在証明」ねえ... 

「ルミナス」の「同一人[同一物]であること」というのも,昔から辞書にはそう載っているわけですが,ちょっと misleading ですね。これだと「AとBが同一であること」のようにも読めますが,identity は「AがAであること」です。「ウィズダム」の「当人であること」の方がいいと思います。どっちにせよ,舌足らずですが。COBUILD では,Your identity is who you are. です。お見事,というか,この単語はもともと英英で引くしかない単語なのでしょう。

ここでも,「ロングマン」は何か悟っているかのように,あるいは諦めてでもいるかのように簡潔です。いさぎよささえ感じさせます。

 

形容詞 available

ジーニアス

(1) 入手できる,購入できる,利用できる (⇔ unavailable) (2) [補語として]<人が>(手があいて)会う[来る]ことができる,忙しくない(free);[遠まわしに]結婚相手になりうる,未婚の

ルミナス

 1 手に入れられる,入手できる 2 (物や場所などが)利用[使用]できる,役に立つ 3 (人が)手が空いている,忙しくない,(面会などに)応じられる;(会などに)出席できる;(妻・異性の友人がいないので)結婚[交際など]の相手になれる

ウィズダム

1 《・・・に/・・・するのに》利用可能な役立つ «for, to/ to do»;《・・・の種類で/場所で》(容易に)入手可能な求める[得る]ことができる «in/in, at» (⇔ unavailable)  2 [be ~]<人が>(手がすいて)話す[会う]ことができる体があいて(free) 3 《くだけて》<人が>交際相手のいない恋人募集中の口説きやすい

ロングマン

1 <物が>入手できる,利用できる,購入できる [ + for ] 2 《名の前不可》<人が>時間がある,手が空いている [+for]  3 《名の前不可》<人が>都合がつく 4 <人が>(配偶者・恋人がいなくて)フリーの

「入手」「購入」「利用」「交際」などをひっくるめてスパッとひとまとめで言える日本語があればいいのですが,そうもいかないのでどの辞書も苦労しています。「ロングマン」の「都合がつく」なんてのはいいとおもいますが,日本語の「都合」という語も漠然としていますね。ちなみに,

OALD は 1 (of things) that you can get, buy or find   2 (of a person) free to see or talk to

LDOCE は 1 something that is available is able to be used or can easily be bought or found   2 someone who is available is not busy and has enough time to talk to you  3 someone who is available does not have a wife, boyfriend etc, and therefore may want to start a new romantic relationship with someone else

COBUILD は If something you want or need is available, you can find it or obtain it.

です。英和よりもすっきりはしていますが,みんな or を使っていて「スパッ」とまではいきません。

 

動詞 appreciate (他動詞のみを掲載)

ジーニアス

(1) <人が>O<物・事>を[・・・であることを,・・・かを]正しく理解する,正しく認識する;・・・を察する(understand);・・・を鑑賞する,・・・のよさを味わう (2) (正しい判断・分析などによって)<人が><人・物・事>の価値を認める,・・・を正しく評価する (3) <人が>O<物・事>をありがたく思う,<人が>・・・することを感謝する (4) 《やや古》・・・の価格[相場]を上げる

ルミナス

1 <…>を認識する,理解する,識別する,感知する 2 <…>の真価を認める,(正しく・高く)評価する 3 <芸術[文学]作品など>を鑑賞する,<…>のよさを味わう 4 <好意など>をありがたく思う,<…>に感謝する 

ウィズダム

1 <人が><状況・問題など>を正しく理解[認識]する 2 <事・物>に感謝する,…をありがたく思う; 3 a <人が><人・物・事>のよさ[素晴らしさ]を認める評価する b <芸術など>を鑑賞する;<食べ物>を味わう,楽しむ 4 ・・・の価値を下げる

ロングマン

1 ・・・に感謝する,をありがたいと思う 2 ・・・の良さがわかる,<ワインなど>を楽しむ,<音楽・芸術など>を鑑賞する 3 ・・・を認識する,理解する

これもあんまり大差ないようですね。

そういえば,村上春樹がどこかで,彼の高校時代のある英語教師は,そんなにいい先生ではなかったが,appreciate の説明を聞いて英語がわかった気がした,という趣旨のことを言っていた記憶があります。その先生はどういう説明をしたのでしょうか。

私は,単語の語源からの説明や,接頭辞や語幹の説明から入る「語形成」的な説明は,何か牽強付会と言うか,すでにその単語を知っている人には面白いかもしれないが,知らない人には参考にならない気がして,あまり授業で使うことはないのですが,appreciate は,「これはねぇ,あるものの price (ここでは価値)を知ったり,あることを『precious だなぁ』 ,と思うことです。」ってな説明をすることがあります。これだってappreciate の全貌をとらえているわけではないですが。

 

どうも「ジーニアス」と「ロングマン」が対極を行っているようです。「できるだけ詳しく」という方針で得られるものと失うものがありますから,「ロングマン」にはこの路線をさらに進めて,「訳語」革命を期待したいですね。日本の辞書は常に昔の訳語を踏まえて作られているようですから,この辺であたらしいスタンダード訳語が欲しいところです。

 

英和辞典比較シリーズ  総評

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