A Scandal in Bohemia 「ボヘミアの醜聞」 — 12

第2部の2回め。

ホームズの午前中からの調査活動をワトソンに語る場面が続きます。

アイリーン・アドラー邸を外から観察したホームズは,周辺の聞き込みを開始します。

 

<― 朗読

"I then lounged down the street and found, as I expected, that there was a mews in a lane which runs down by one wall of the garden. I lent the ostlers a hand in rubbing down their horses, and received in exchange twopence, a glass of half and half, two fills of shag tobacco, and as much information as I could desire about Miss Adler, to say nothing of half a dozen other people in the neighborhood in whom I was not in the least interested, but whose biographies I was compelled to listen to."

"And what of Irene Adler?" I asked.

"Oh, she has turned all the men’s heads down in that part. She is the daintiest thing under a bonnet on this planet. So say the Serpentine-mews, to a man. She lives quietly, sings at concerts, drives out at five every day, and returns at seven sharp for dinner. Seldom goes out at other times, except when she sings. Has only one male visitor, but a good deal of him. He is dark, handsome, and dashing, never calls less than once a day, and often twice. He is a Mr. Godfrey Norton, of the Inner Temple. See the advantages of a cabman as a confidant. They had driven him home a dozen times from Serpentine-mews, and knew all about him. When I had listened to all they had to tell, I began to walk up and down near Briony Lodge once more, and to think over my plan of campaign.

"This Godfrey Norton was evidently an important factor in the matter. He was a lawyer. That sounded ominous. What was the relation between them, and what the object of his repeated visits? Was she his client, his friend, or his mistress? If the former, she had probably transferred the photograph to his keeping. If the latter, it was less likely. On the issue of this question depended whether I should continue my work at Briony Lodge, or turn my attention to the gentleman’s chambers in the Temple. It was a delicate point, and it widened the field of my inquiry. I fear that I bore you with these details, but I have to let you see my little difficulties, if you are to understand the situation."

"I am following you closely," I answered.

"I was still balancing the matter in my mind when a hansom cab drove up to Briony Lodge, and a gentleman sprang out. He was a remarkably handsome man, dark, aquiline, and moustached — evidently the man of whom I had heard. He appeared to be in a great hurry, shouted to the cabman to wait, and brushed past the maid who opened the door with the air of a man who was thoroughly at home.

 

「それから通りをぶらついていると,屋敷の裏庭の壁のわきに延びている小道に,予想どおり貸し馬屋の小屋があった。そこの馬丁の手伝いで馬の体を拭いてやって,お礼に2ペンスとハーフ・アンド・ハーフ・ビール1杯に刻みタバコ2服分,それにアドラー嬢についての望みうる限りの情報を手に入れたというわけだ。むろんそのためには,何人ものこちらには興味のない近所の人のうわさ話も聞かざるをえなかったがね。」

「で,アイリーン・アドラーについては,どうだったんだ?」と僕は尋ねた。

 

「うん,あの界隈の男たちはみんな彼女にのぼせ上がってるね。この世でいちばん色っぽい女だって,サーペンタインの馬車屋の連中は言ってるよ。ひとり残らず。あの女性は静かに暮らし,コンサートで歌い,毎日5時には馬車で出かけ,7時ちょうどに夕食に戻ってくる。それ以外に外出することはめったにない。歌手の仕事の時は別だけどね。訪問してくる男は一人しかいないが,そいつにはよく会ってるようだ。浅黒くて,顔立ちがいいしゃれ男だ。一日にいちどは必ず訪問するらしいし,二回のことも多い。ゴドフリー・ノートンとかいう名で,イナーテンプル法曹学院に在籍中。馬丁を友だちにするのがどれほど都合がいいことか。連中はサーペンタインから何度も彼を乗せたことがあるそうだ。だからその男については何でも知っている。聞くべきことは聞いてしまうと,僕はもう一度ブライオニー荘あたりを歩いて作戦計画を練ることにした。

「このゴドフリー・ノートンが,この件で重要な役を果たしているのはまちがいない。彼は弁護士だ。だとすると,ちょっとやっかいなことになる。彼らの関係は何なのか,何度も訪問する目的は何か?彼女は彼の依頼人なのか,友人か,それとも愛人か?依頼人だとすると,写真はもう彼の手に移ったとみていい。友人や愛人だとすると,それはあるまい。この疑問にけりをつけないと,ブライオニー荘で仕事をつづけるか,それともテンプル法曹院の男の部屋に標的を移すかが決まらない。微妙なところだ。捜査範囲が拡がってしまう。こんなこまかい点ばかり話していると,君は退屈するかもしれないが,状況を理解するためには,僕の抱えた難題をわかってもらわなくてはいけないのでね。」

「飽きてなんかいないよ。」と僕は答えた。

 

「まだ,今言った点を決めかねていると,ちょうどハンサム型辻馬車が一台,ブライオニー荘にやって来て,そこから紳士が飛び出てきた。じつに美形の男で,浅黒く,鷲のような鼻すじ,口髭を生やしている。話に聞いた例の男にまちがいない。何かとても急いでいる様子で,御者に待つように怒鳴って,ドアを開けたメイドに振り向きもせず,勝手のわかっている男といったふうに家へ入っていったんだ。」

 

【解説】

  • lounged down the street ― lounge 「ぶらつく」。 down the street は「道を下って」の意味にもなるが,単に「通りを」と訳した方がいい場合がある。down は「自分(その場)から遠ざかる方向へ」の意味で使われ,その逆が up で「自分の方へ」になる。 (ex.) Come up to me. 「こっちへ来い」
  • 733px-Dunworth.mews.london.arp
  • and found, as I expected, that there was a mews in a lane which runs down by one wall of the garden. ― as I expected は挿入節。 found の目的語がthat以下。 mews は英和では「うまや,小路」とあるが,たとえばDictionary.comでは, mew 4. mews, (usually used with a singular verb) Chiefly British. a. (formerly) an area of stables built around a small street. b. a street having small apartments converted from such stables. (mews (ふつう単数扱い) 主にイギリス英語 a. (古) 小さな通りに建てられた馬小屋が並ぶ一画 b. そうした馬小屋を改造した小さなアパートが並ぶ通り)とある。ここはa.の意味。この部分は foundの目的語だから there was の部分では時制の一致が見られるが,runs down は時制が一致していない。もちろん ran down と書いてもいいわけだが,壁沿いに道(lane)が走っているのは恒久的なものととらえているのであろう。
  • I lent the ostlers a hand in rubbing down their horseslend (give) ~ a hand 「手を貸す」。 ostler = hostler 「宿屋の馬丁」。 rub down 「(人・動物の)体を拭いて水分をとる」。
  • received in exchange twopence, a glass of half and half, two fills of shag tobacco, and as much information as I could desire about Miss Adler, ― in exchange 「お返しに,交換に」。twopence  「2ペンス」(当時は1ポンド=240ペンスで,1ポンド≒現在の24000円 とすると,200円の手間賃というところ)。 half and half 「混合ビール」(主にエールと黒ビールだが他のものも)。 a fill of ~ 「1服(杯,盛り)の~」。 shag tobacco 「安い刻みタバコ」。 as ~ as S can V 「SがVできる限りの~」。
  • to say nothing of half a dozen other people in the neighborhood in whom I was not in the least interested, but whose biographies I was compelled to listen to. to say nothing of ~ 「~は言うまでもなく」。 in whom … と whose biographies … の関係節はいずれも other people にかかる。not … in the least 「少しも・・・でない」。 be compelled to V 「Vせざるをえない」。
  • "And what of Irene Adler?"What of ~? 「~はどうなのか,どうなったのか」 = What is the news concerning ~?
  • she has turned all the men’s heads down ― 辞書にあるのは turn one’s head 「頭を変にさせる,のぼせ上がらせる」。 down は...よくわかりません。
  • bonnet の1つ

    bonnet の1つ

  • She is the daintiest thing under a bonnet on this planet. ― dainty 「優美な」。形容詞 + thing 「~なヤツ,人,子」(愛情・軽蔑などの意味をこめる)。 bonnet 「昔の女性用帽子」(右の図のタイプ以外にもたくさんの種類がある)。地上でボンネットをかぶる女性たちの中でいちばん...ということでしょう。
  • So say the Serpentine-mews, to a man. ― 倒置。The Serpentine-mews say so. ということ。この種の表現ではよく語順が変わる。 (ex.) So they say. 「彼らはそう言っている。」 名詞が主語になると V-S になる。 to a man = to the last man 「一人残らず」(最後の一人に至るまで,ということ)。
  • at seven sharp時刻 + sharp  「~時きっかり」。現代でもふつうに使われる。
  • Seldom goes out at other times ― 前文の主語 She が省略されている,というか,生きている。
  • Has only one male visitor, but a good deal of him. ― ここも主語は She。 後半は, see a lot of ~ 「~とよく会う」と同じことだろう。
  • dashing ― dashing 「元気のいい」。
  • never calls less than once a day ― 直訳すると,「一日一度の訪問を下回ることは決してない」→「必ずといっていいほど一日一回は訪問する」。
  • 19世紀のイナー・テンプル法曹学院

    19世紀のイナー・テンプル法曹学院

  • He is a Mr. Godfrey Norton, of the Inner Temple. ―  a + 人名 「~とかいう人」。 of は所属や出身を表す。 the Inner Temple はロンドンにある,法廷弁護士任命権を持つ法曹学院の一つ。 the Inner Temple 以外に the Middle Temple, Lincoln’s Inn, Gray’s Inn の計4つがある。個々に所属しているということは,当然エリートということになる。
  • See the advantages of a cabman as a confidant. ― 命令文。直訳すると,「友としての御者の有利さを見よ」。 cabman 「御者」。 confidant 「友人,相談相手」。前回に出てきた,馬丁と知り合えばいろんなことが聞き出せる,というのと同じことを言っている。
  • They had driven him home a dozen times ― they はSerpentine-mews のホームズに語ってくれた cabman たち。him はGodfrey Norton。 過去完了なので,それ以前に乗せたことがある,ということ。
  • When I had listened to all they had to tell ― all they had to tell は直訳すると,「彼らが言うために持っていたすべて」。 (cf.) what he has to say 「彼の言いたいこと,言い分,意見」。 ふつう「彼の言わなければならないこと」の意味にはならない
  • walk up and down near Briony Lodgeup and down 「行ったり来たり」。
  • think over my plan of campaign. think over 「熟考する」。campaign 「運動,作戦行動」。
  • That sounded ominous. ― S + sound + C. 「SはCに聞こえる,聞いた感じCである」。 ominous 「不吉な」。
  • If the former ― 「もし前者なら」。 the former 「前者」<—> the latter 「後者」。前の文で,依頼人,友人,愛人という3つの可能性をあげているので,友人を前者・後者のどちらに含めるかは微妙。友人なら預けるかもしれないし,友人でも秘密にしておきたいかもしれない。ここでは公的・私的関係と考え,「前者」とは依頼人としておく。
  • she had probably transferred the photograph to his keeping. ― transfer A to B 「AをBに移す」。 keeping 「保管,管理」。
  • If the latter, it was less likely. ― it は写真の管理を移すこと。less likely 「可能性がより低い」。
  • On the issue of this question depended whether … ― 倒置。主語はwhether 節。「・・・かどうかはthe issue にかかっている」。 issue 「問題点,結果」。
  • turn my attention to ― turn attention to ~ 「~に注意を向ける」= direct attention to。
  • if you are to understand the situation. ― if 節中の be to V は「もしVするつもりなら」「Vするためなら」。
  • I was still balancing the matter in my mind when … ― 全体は, 過去進行形… when 過去形~ の形 「・・・していると,その時~した」。balance 「はかりにかける,比較して考える」。
  • ハンサム型辻馬車

    ハンサム型辻馬車

  • a hansom cab ― 「ハンサム型辻馬車」(→)
  • sprang out ― spring out 「とびだす」。
  • aquiline, and moustached ― aquiline 「ワシのような」よく鼻の形について使われる。(ex.) an aquiline nose 「鷲鼻」。 moustached = mustached = mustachioed 「口髭をたくわえた」。
  • evidently the man of whom I had heard. ― evidently 「明らかに」。 of whom の of はhear of ~ 「~について(のうわさを)聞く」のof。過去完了形だから,「さっきからうわさ話を聞いてきたその男」。
  • brushed past the maid who opened the door ― brush 「かすめる,かすめて(急いで)通る」。 past は前置詞で,「~を通りすぎて」。
  • with the air of a man who was thoroughly at home. ― air 「様子」。thoroughly [ɵɚːroʊli, ɵəːrəli] 「まったく,徹底的に」。 at home 「よく知っている,なじみ深い」。

 

【補遺】

今回の第一パラグラフの最初と最後にはコーテーションマーク(")があるが,その次のホームズの発言のパラグラフには最後のコーテーションがなく,閉じていないのに次のパラグラフの最初にコーテーションが来て,それもホームズの発言である。

このコーテーションの付け方は,ひとりの人の発言が長く,その中に複数のパラグラフを含む場合に使われる。閉じるのは,発言者が変わる時や地の文が入る時で,それまではコーテーションを閉じなくていい。

現代の小説では,ひとりの人物がこれほど長いセリフを一気に言うことがあまりないので,見慣れないかもしれない。19世紀の小説にはよくあった。

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