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	<title>Where are we going? &#187; ことばをめぐる散歩</title>
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	<description>大学入試と英語学習のバックアップ・サイト</description>
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		<title>culture と civilization　（その2）</title>
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		<pubDate>Sun, 05 Jul 2009 07:09:15 +0000</pubDate>
		<dc:creator>rickie</dc:creator>
				<category><![CDATA[ことばをめぐる散歩]]></category>
		<category><![CDATA[単語]]></category>
		<category><![CDATA[批評]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.where-are-we-going.com/?p=1658</guid>
		<description><![CDATA[前回は，日本語には
文化 ＝ 「精神的」， 文明 ＝ 「物質的」
という図式が成り立ちうるが，英語では
culture ＝ 「精神的」 は言えても，civilization ＝ 「物質的」 は成り立たない，
ということを述べた。culture と civilization は，「意味論的に相補的ペアをなす一対の語」ではない。
&#160;



わたしが，civilization = 「物質文明」 という図式を疑うようになったのは，大学時代にフランス語に触れたことがきっかけだった。
当時よく使われていた「モージェ」という愛称の教科書があって，これはモージェという人の作ったテキストなのだが，正式な名前は &#34;Langue et Civilisation Françaises&#34; という。「フランス語とフランス文明」。こういう時は「フランス語とフランス文化」といいそうなところに「文明」が使われている。じじつ第4巻などはほとんど文学だ。英語のcivilization も「物質文明」だけを意味するわけではないことは見たとおりだが，フランス語では英語よりも，「文明」という語のカバーする範囲が少しだけ広いようで，日本語とはさらに違いが大きくなっている。
&#160;
しかし，civilization は「物質文明」を表すと言ってきたのは，あの教師だけではない。多くの教師たちが口にしてきた説明である[1] 。 それは単に日本語の「文化」と「文明」が持つニュアンスを culture と civilization に投射したということにすぎないのだろうか？
「文化」「文明」という日本語は漢語・漢文からとられた語ではあるが，現在の意味で使われるようになったのは明治以降のことで，つまり culture, civilization の日本語訳・翻訳語として使われる過程で現在の意味が付与されたことになる。だとすると，civilization = 「物質的」という原義にないニュアンスはどこから来たのか？
日本最大の国語事典「日本国語大辞典」はそのへんの消息を伝えてくれる。

文化
［語誌］ (1) 漢籍に見られる語であるが，明治時代に「文明」とともに civilization の訳語として使用され，当初は「文明」とほぼ同じ意味であった。「文明」が「文明開化」という成語の流行によって明治時代初期から一般的に使用されていたのに対して，「文化」が定着したのは遅れて明治20年前後である。 (2) 明治30年代後半になると，ドイツ哲学が日本社会に浸透し始め，それに伴い「文化」はドイツ語の Kultur (英語の culture)の訳語へと転じた。そのことによって，次第に「文化」と「文明」の違いが強調されるようになった。大正時代になる[2] と，「文化」が多用されるようになり，「文明」の意味をも包括するようになってきた。
（小学館「日本国語大辞典」第2版）




つまり当初，文明 = 文化（「文明」優勢） だったのが分化して，文明&#60;-&#62;文化 という対立図式ができ，しだいに「文化」優勢へと変わっていったことになる[3] 。
ドイツ語の辞書の「文明」(Zivilisation:ツィヴィリザツィオーン)の定義は，次のようなものだ。[4] 

Zivilisation
Gesamtheit der durch den [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>前回は，日本語には</p>
<p>文化 ＝ 「精神的」， 文明 ＝ 「物質的」</p>
<p>という図式が成り立ちうるが，英語では</p>
<p>culture ＝ 「精神的」 は言えても，civilization ＝ 「物質的」 は成り立たない，</p>
<p>ということを述べた。culture と civilization は，「意味論的に相補的ペアをなす一対の語」ではない。</p>
<p>&#160;</p>
<div class="leftimage" style="width: 235px;">
<a href="http://www.where-are-we-going.com/wp/wp-content/uploads/2009/07/mauger0001.jpg" rel="lightbox[1658]"><img src="http://www.where-are-we-going.com/wp/wp-content/uploads/2009/07/mauger0001-229x300.jpg" alt="" title="mauger0001" width="229" height="300" class="alignnone size-medium wp-image-1659" /></a>
</div>
<p>わたしが，civilization = 「物質文明」 という図式を疑うようになったのは，大学時代にフランス語に触れたことがきっかけだった。</p>
<p>当時よく使われていた「モージェ」という愛称の教科書があって，これはモージェという人の作ったテキストなのだが，正式な名前は &quot;Langue et Civilisation Françaises&quot; という。「フランス語とフランス文明」。こういう時は「フランス語とフランス文化」といいそうなところに「文明」が使われている。じじつ第4巻などはほとんど文学だ。英語のcivilization も「物質文明」だけを意味するわけではないことは見たとおりだが，フランス語では英語よりも，「文明」という語のカバーする範囲が少しだけ広いようで，日本語とはさらに違いが大きくなっている。</p>
<p>&#160;</p>
<p>しかし，civilization は「物質文明」を表すと言ってきたのは，あの教師だけではない。多くの教師たちが口にしてきた説明である<sup>[1]</sup> 。 それは単に日本語の「文化」と「文明」が持つニュアンスを culture と civilization に投射したということにすぎないのだろうか？</p>
<p>「文化」「文明」という日本語は漢語・漢文からとられた語ではあるが，現在の意味で使われるようになったのは明治以降のことで，つまり culture, civilization の日本語訳・翻訳語として使われる過程で現在の意味が付与されたことになる。だとすると，civilization = 「物質的」という原義にないニュアンスはどこから来たのか？</p>
<p>日本最大の国語事典「日本国語大辞典」はそのへんの消息を伝えてくれる。</p>
<div class="dotted-block">
<p><strong>文化</strong></p>
<p>［語誌］ (1) 漢籍に見られる語であるが，<span class="blueletters">明治時代に「文明」とともに civilization の訳語として使用され，当初は「文明」とほぼ同じ意味であった。</span>「文明」が「文明開化」という成語の流行によって明治時代初期から一般的に使用されていたのに対して，「文化」が定着したのは遅れて明治20年前後である。 (2) 明治30年代後半になると，ドイツ哲学が日本社会に浸透し始め，それに伴い<span class="blueletters">「文化」はドイツ語の Kultur (英語の culture)の訳語へと転じた。</span>そのことによって，次第に「文化」と「文明」の違いが強調されるようになった。大正時代になる<sup>[2]</sup> と，「文化」が多用されるようになり，「文明」の意味をも包括するようになってきた。</p>
<p align="right">（小学館「日本国語大辞典」第2版）</p>
</div>
<div align="center">
<a href="http://www.where-are-we-going.com/wp/wp-content/uploads/2009/07/cul-vs-civ1.png" rel="lightbox[1658]"><img src="http://www.where-are-we-going.com/wp/wp-content/uploads/2009/07/cul-vs-civ1.png" alt="" title="cul-vs-civ1" width="347" height="169" class="alignnone size-full wp-image-1660" /></a>
</div>
<p>つまり当初，文明 = 文化（「文明」優勢） だったのが分化して，文明&lt;-&gt;文化 という対立図式ができ，しだいに「文化」優勢へと変わっていったことになる<sup>[3]</sup> 。</p>
<p>ドイツ語の辞書の「文明」(Zivilisation:ツィヴィリザツィオーン)の定義は，次のようなものだ。<sup>[4]</sup> </p>
<div class="dotted-block">
<p><strong>Zivilisation</strong></p>
<p>Gesamtheit der durch den technischen u. wissenschaftlichen Fortschritt geschaffenen u. verbesserten sozialen u. materiellen Lebensbedingungen</p>
<p><strong>文明 </strong>： 科学技術の進歩により創造・改良された社会的・物質的生活条件の総体</p>
</div>
<p> これは「広辞苑」の「文明」の項と大差ない。</p>
<p>&#160;</p>
<p>「文明」の意味にはフランスの影響が，「文化」の意味にはドイツの影響がにじんでいる。</p>
<p>「文明」はフランス啓蒙主義とフランス革命の理念がその理念的支柱とした語であり，理性・啓蒙・進歩・普遍・都市・近代という概念と親和的であるが，「文化」の方は19世紀以降のドイツ思想やドイツ・ナショナリズムを背景に，超越的な精神性や民族の固有性と結びつく。</p>
<p>やがてこの2つは緊張関係を迎え<sup>[5]</sup> ，第1次世界大戦，戦間期，第2次世界大戦をとおして「文明」対「文化」の闘いがつづく。ナチスドイツはこの闘争の土壌の中から生まれているし，またそれを利用して国民動員態勢を作り上げた。<sup>[6]</sup> ドイツ人作家トーマス・マンは，ナチスを生んだ文化土壌を「ドイツ文化のデモーニッシュな面」として批判した。フランスのレジスタンス作家ヴェルコールの小説「海の沈黙」では，ドイツ人将校が戦争目的を「フランス文明とドイツ文化を結婚させる」ことと合理化している。仏独の対立は「文明」対「文化」の戦争というイデオロギーで飾られたのである。</p>
<p>&#160;</p>
<p>明治後期から昭和初期にかけての日本語の「文化」という語の興隆が，こうした時代背景を背負っていることは疑えないだろうと思う。日本は日英同盟から日独伊三国同盟へと外交基軸が変遷していくが，それと相即的にドイツ的「文化」概念を輸入し，その概念を「文明」概念に逆照射して，精神文化&lt;-&gt;物質文明 という図式を受け入れたということになる。同時期に輸入されたマルクス主義も，反資本主義というイデオロギーがむしろ反（物質）文明という理念と背馳することなくそれに溶け込んでいった。<sup>[7]</sup></p>
<p>&#160;</p>
<p>戦後，こうした「文化」概念は脱色されたはずなのだが，「文化は精神的，文明は物質的」というニュアンスはいまだかすかに命脈を保っているように思える。おそらく，文化と文明を対立させて考える思考法が，歴史上の一時期，地理的な一地方の問題には限られないからであろう。グローバル文明 対 ナショナル・リージョナルな文化 という形でふたたび現れているのかもしれないが，単純な歴史の反復にはならないだろう。</p>
<p>&#160;</p>
<hr /><ol class="footnotes"><li id="footnote_0_1658" class="footnote">日本に限らず，また英語に限らず，教育はこうした誤解を常に再生産している。時を経るにつれある誤解は修正され，しかし新たな誤解が生み出される。</li><li id="footnote_1_1658" class="footnote">明治書院「現代に生きる幕末・明治初期漢語辞典」（佐藤亨 著）によれば明治43年ごろ</li><li id="footnote_2_1658" class="footnote">「文化住宅」「文化包丁」というのは，文化的というより文明的（今風に言えば「インテリジェントな」ということだろう。文化が文明の意味の一部を請け負っている。）</li><li id="footnote_3_1658" class="footnote">わたしのドイツ語はあてにならないのだが。でも英語もそうか。</li><li id="footnote_4_1658" class="footnote">というより，「文明」概念に対する対抗思想として「文化」概念が生じたのであろう。ナポレオンの侵略に対して，フィヒテが「ドイツ国民に告ぐ」を発したことが想起できる。</li><li id="footnote_5_1658" class="footnote">このあたりの記述は，岩波「哲学・思想事典」の「文化」「文明」の項を参考にした。執筆者はいずれも，中田光雄。</li><li id="footnote_6_1658" class="footnote">マルクス主義は普遍性を志向するイデオロギーでありながらも，エンゲルスはその源泉として「イギリス経済学」「フランス政治」「ドイツ哲学」をあげ，精神性をドイツに負わせているのがおもしろい。</li></ol><p>&#160;</p>]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>culture と civilization　（その1）</title>
		<link>http://www.where-are-we-going.com/beyond_exams/words-words-words/2009/07/culture-vs-civilization-1/</link>
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		<pubDate>Fri, 03 Jul 2009 06:23:59 +0000</pubDate>
		<dc:creator>rickie</dc:creator>
				<category><![CDATA[ことばをめぐる散歩]]></category>
		<category><![CDATA[単語]]></category>
		<category><![CDATA[批評]]></category>

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		<description><![CDATA[「文化」と「文明」。
いつどこでのことかは覚えてはいないのだが，はるか昔の授業でのこと。ある英語の教師が何かのついでに「culture は「精神的な文化」のこと，civilization は「物質的な文明」のことですね。」と説明した。culture と civilization の違いについてである。
それ以来この説明は何度も耳にしたものだし，わたし自身口走ったこともあるかもしれない。
物質文明 vs 精神文化。実にわかりやすい。わかりやすいが，ほんとだろうか？
&#160;
言葉の意味，特にそれが内包する微妙なニュアンスを考えるには，まずその用法，用例を考えるべきだろう。
「日本文化」はよく使われる。「日本文明」はあまり聞かない。何か縄文時代の日本人が土器を練りながら怪しげな儀式をしている時代みたいだ。
「機械文明」は言えるが，「機械文化」はムリそうだ。やはり「物質的」ということ？でも「中国文明」には儒教や道教だって含まれるのでは？
「文化人」と「文明人」。わたしは文化人ではないが，文明人ではありうる。文化人は少数のエリートしかなれないが，文明人は「文明的」と呼ばれている社会や時代に帰属していればオッケーだ。
反対語を考えるのも意味をつかまえるうまい手段である。
「文明」の反対語は「野蛮」「未開」。「文化」の反対語は何か？
&#160;
代表的な英和辞典と国語事典で，culture &#60;―&#62; civilization ，文化 &#60;―&#62; 文明 を調べてみよう。
● culture&#160; 文化

culture [名] 1 [U] 文化; 芸術，文化活動((1)特定の時代・国における文化やその文化を共有する集団・社会を指す場合には[C]; その際しばしば修飾語を伴う。 (2) civilizationより精神面に重点をおく言い方) 2 [U] (学問・技能などの)修練;教養; 洗練 3 《医・生物》[U] (細菌などの)培養; [C] 培養菌，培養された細胞 4 [U] 栽培，耕作; 養殖，飼育 
(三省堂 「ウィズダム英和辞典」第2版)

（青字は筆者。以下同じ。）

文化
(3) （culture）人間が自然に手を加えて形成してきた物心両面の成果。衣食住をはじめ科学・技術・学問・芸術・道徳・宗教・政治など生活形成の様式と内容とを含む。文明とほぼ同義に用いられることが多いが、西洋では人間の精神的生活にかかわるものを文化と呼び、技術的発展のニュアンスが強い文明と区別する。 
（広辞苑 第6版）

&#160;
● civilization 文明

civilization [名] 1 [C][U] 文明 《高度に発達し，固有の文化生活様式を有した状態，また個々のそのような社会 → culture》 2 [U] (集合的に)文明世界，文明諸国(民) 3 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>「文化」と「文明」。</p>
<p>いつどこでのことかは覚えてはいないのだが，はるか昔の授業でのこと。ある英語の教師が何かのついでに「culture は「精神的な文化」のこと，civilization は「物質的な文明」のことですね。」と説明した。culture と civilization の違いについてである。</p>
<p>それ以来この説明は何度も耳にしたものだし，わたし自身口走ったこともあるかもしれない。</p>
<p>物質文明 vs 精神文化。実にわかりやすい。わかりやすいが，ほんとだろうか？</p>
<p>&#160;</p>
<p>言葉の意味，特にそれが内包する微妙なニュアンスを考えるには，まずその用法，用例を考えるべきだろう。</p>
<p>「日本文化」はよく使われる。「日本文明」はあまり聞かない。何か縄文時代の日本人が土器を練りながら怪しげな儀式をしている時代みたいだ。</p>
<p>「機械文明」は言えるが，「機械文化」はムリそうだ。やはり「物質的」ということ？でも「中国文明」には儒教や道教だって含まれるのでは？</p>
<p>「文化人」と「文明人」。わたしは文化人ではないが，文明人ではありうる。文化人は少数のエリートしかなれないが，文明人は「文明的」と呼ばれている社会や時代に帰属していればオッケーだ。</p>
<p>反対語を考えるのも意味をつかまえるうまい手段である。</p>
<p>「文明」の反対語は「野蛮」「未開」。「文化」の反対語は何か？</p>
<p>&#160;</p>
<p>代表的な英和辞典と国語事典で，culture &lt;―&gt; civilization ，文化 &lt;―&gt; 文明 を調べてみよう。</p>
<p>● <strong>culture&#160; 文化</strong></p>
<div class="dotted-block">
<p><strong>culture</strong> [名] <strong>1</strong> [U] <span class="redletters">文化</span>; 芸術，文化活動((1)特定の時代・国における文化やその文化を共有する集団・社会を指す場合には[C]; その際しばしば修飾語を伴う。 (2) <span class="blueletters">civilizationより精神面に重点をおく言い方</span>) <strong>2</strong> [U] (学問・技能などの)修練;教養; 洗練 <strong>3</strong> 《医・生物》[U] (細菌などの)培養; [C] 培養菌，培養された細胞 <strong>4</strong> [U] 栽培，耕作; 養殖，飼育 </p>
<p align="right">(三省堂 「ウィズダム英和辞典」第2版)</p>
</div>
<p>（<span class="blueletters">青字</span>は筆者。以下同じ。）</p>
<div class="dotted-block">
<p><strong>文化</strong></p>
<p>(3) （culture）人間が自然に手を加えて形成してきた物心両面の成果。衣食住をはじめ科学・技術・学問・芸術・道徳・宗教・政治など生活形成の様式と内容とを含む。<span class="blueletters">文明とほぼ同義に用いられることが多いが、西洋では人間の精神的生活にかかわるものを文化と呼び、技術的発展のニュアンスが強い文明と区別する</span>。 </p>
<p align="right">（広辞苑 第6版）</p>
</div>
<p>&#160;</p>
<p>● <strong>civilization 文明</strong></p>
<div class="dotted-block">
<p><strong>civilization</strong> [名] <strong>1</strong> [C][U] <span class="redletters">文明</span> 《高度に発達し，固有の文化生活様式を有した状態，また個々のそのような社会 → culture》 <strong>2</strong> [U] (集合的に)文明世界，文明諸国(民) <strong>3</strong> [U] 文明化，開花; 教化 <strong>4</strong> [U] (技術の進歩によって生み出された)便利なもの，文明の利器; (おどけて)（便利で快適な）文明生活，都会生活 </p>
<p align="right">(三省堂 「ウィズダム英和辞典」第2版)</p>
</div>
<p>&#160;</p>
<div class="dotted-block">
<p><strong>文明</strong></p>
<p>(2) （civilization）都市化。      <br />（ア）生産手段の発達によって生活水準が上がり、人権尊重と機会均等などの原則が認められている社会、すなわち近代社会の状態。       <br />（イ）<span class="blueletters">宗教・道徳・学芸などの精神的所産としての狭義の文化に対し、人間の外的活動による技術的・物質的所産。</span>西周、洋字ヲ以テ国語ヲ書スルノ論「カノ欧州諸国ト比較スルコトノ多カル中ニ、終ニハ彼ノ ― ヲ羨ミ」→文化(3) </p>
<p align="right">（広辞苑 第6版）</p>
</div>
<p>どうも，あの教師の言葉は日本語の「文化」&lt;―&gt; 「文明」 にはあてはまるが，英語の culture &lt;―&gt; civilization とは微妙にずれている。確かに英語の culture にも「精神的」というニュアンスがつきまとっているようなのだが，civilization の方は，「物質的」とは言い切れないものがありそうだ。少なくとも現在の英和では civilization を物資面に限定する記述はない。</p>
<p>今度は英英辞典で引いてみる。最大の英語辞書 OED の出番である。</p>
<div class="dotted-block">
<p><strong>culture</strong></p>
<p>5. a. <em>absol</em>. The training, development, and refinement of mind, tastes, and manners; the condition of being thus trained and refined; <span class="blueletters">the intellectual side of civilization.</span></p>
<p>b. (with <em>a</em> and <em>pl</em>.) A particular form or type of intellectual development. Also, the civilization, customs, artistic achievements, etc., of a people, esp. at a certain stage of its development or history. (In many contexts, esp. in Sociology, it is not possible to separate this sense from sense 5a.)</p>
<p align="right">Oxford English Dictionary (2nd edition)</p>
<p>5. a. （絶対語） 精神・嗜好・風俗の教化，発達，洗練; そのように教化・洗練された状態; <span class="blueletters">文明の知性面</span></p>
<p>b. （形容詞を伴って，または複数形で） 知的発達の特定の形式・種類。または，一国民，特にその発達や歴史上のある段階にある，文明・習慣・芸術面での業績。（多くの文脈，特に社会学ではこの意味と5aの意味の区別は不可能）</p>
</div>
<p>&#160;</p>
<div class="dotted-block">
<p><strong>civilization</strong></p>
<p>3. (More usually) Civilized condition or state; a developed or advanced state of human society; a particular stage or a particular type of this.</p>
<p>&#160;</p>
<p><strong>civilize</strong></p>
<p>1. To make civil (sense 7); to bring out of a state of barbarism, to instruct in the arts of life, and thus elevate in the scale of humanity; to enlighten, refine, and polish. </p>
<p align="right">Oxford English Dictionary (2nd edition)</p>
<p>「文明」 3. （より一般的用法） 文明化された（civilizedな）状態; 人間社会の<span class="blueletters">発達・進歩した状態</span>; これの特定段階，または特定の種類。</p>
<p>「文明化する」 1. 礼節をわきまえさせること; 野蛮状態から引き出し，生活上の諸芸を教え，もって人間性の高次の段階へと高めること; 啓蒙・洗練し，磨き上げること。</p>
</div>
<p>どうもここからすると，culture と civilization が対立的というよりも，culture はcivilization に含まれると考えた方がよさそうな感じである。しかも，civilization には「発達」「進歩」といった，人類が単線的に発展していくという史観が見え隠れしているようだ。「古代文化」と「近代文化」には序列はないが，「古代文明」と「近代文明」には優劣がつけられそうな気がする。やがて発達することが前提の「原始文明」はありえても，「未開文明」はちと苦しいのである。</p>
<p>civilization は civilize から生まれた語だが， ～ize は「～化する」「～にする」という変化を示す動詞なのだから，それもうなずける。「文明」は進歩するが，「文化」は進歩しないのである。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>「この国」というかたち</title>
		<link>http://www.where-are-we-going.com/beyond_exams/words-words-words/2009/02/this-country/</link>
		<comments>http://www.where-are-we-going.com/beyond_exams/words-words-words/2009/02/this-country/#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 27 Feb 2009 06:41:09 +0000</pubDate>
		<dc:creator>rickie</dc:creator>
				<category><![CDATA[ことばをめぐる散歩]]></category>

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		<description><![CDATA[―― 自分の国のことを日本語では「我が国」といいますね。でも英語には this country 「この国」という言い方があるんです。
&#160;
予備校の英語教師はそんな言い方をしたと思う。今から35年くらい前のことだ。
「ふーん，『この国』ねえ。変な言い方だけど，でも，いいかもね」



教師の言葉を満員の大教室の中で聞いていた浪人生の僕が思ったのもそんな感じのことだったろう。
現代の日本では自国を「この国」と呼ぶのは珍しくも何ともない。でも少し前まではそういう言い方は存在しなかった。「この国」という表現は外国語（西洋語）起源である。
this country 「この国」。 「この」って「どの」？ どこかの国の話してたっけ？ 最初にこの表現に出会った時の意外感はそのようなもので，「この人」といえば，直前で言及された人のことを表すのだから，直前に「国」の話をしていない文脈でいきなり「この国」と言われても戸惑うわけだ。
しかし，思い返すとこの表現はなかなかよかった。「我が国」という言葉の，力こぶの入り方，時として不遜・傲慢なひびき，内輪意識，そういうものが「この国」という淡泊な言い回しにはすっかり消えていて，無色透明な客観性が新鮮であったのだろう。時には胸をそらせて「我が国」という言い方をしたい気持ちもわかるが，何の思い入れもこめない語り口は案外日本語には欠けていて，なにかと重宝する表現なのだ。
You は「あなた」ではない。相手が同性だろうと異性だろうと，親･兄弟だろうと，一国の元首だろうと，何の敬意も持っていなくても，けんかを売るのでなくても，さらりと使える言葉である。「この国」という言葉も，とかくいろいろなニュアンスで着色されやすい「国」という名詞をきれいに脱色する表現であるように思えた。「この国」にどんな思い入れがあろうがなかろうが，そんなことはとりあえず脇に置いて語り出すことができる。もちろん，ことばはたとえ漂白されていようと，時がたつにつれて色がついていく宿命にあるのだけれど。
いつの間にか，「この国」という言葉は日本語の一部として市民権を得ている。最初に使用したのがいつ・誰なのかはよく知らない。少なくても，普及するに当たっていちばん貢献したのは，やはり司馬遼太郎，とくに一連の『この国のかたち』シリーズだろう。「我が國の國軆」とは違う，頭に血が昇った至情とやらとは別の語り方にふさわしいことばが「この国」，「かたち」であったのだと思う。
市民権を得たとはいえ，まだいくらか改まった文脈で登場する語彙である。日常会話でそれほどお目にかかるわけではない。以前大河ドラマで徳川慶喜（今をときめく本木雅弘）が「この国」を連発していたが，どこか「この国」行く末を考える時にふさわしいことばになってしまった。「色を抜いた」表現であっても，「色を抜いた」色がついているというべきか。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>―― 自分の国のことを日本語では「我が国」といいますね。でも英語には this country 「この国」という言い方があるんです。</p>
<p>&#160;</p>
<p>予備校の英語教師はそんな言い方をしたと思う。今から35年くらい前のことだ。</p>
<p>「ふーん，『この国』ねえ。変な言い方だけど，でも，いいかもね」</p>
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<p>教師の言葉を満員の大教室の中で聞いていた浪人生の僕が思ったのもそんな感じのことだったろう。</p>
<p>現代の日本では自国を「この国」と呼ぶのは珍しくも何ともない。でも少し前まではそういう言い方は存在しなかった。「この国」という表現は外国語（西洋語）起源である。</p>
<p>this country 「この国」。 「この」って「どの」？ どこかの国の話してたっけ？ 最初にこの表現に出会った時の意外感はそのようなもので，「この人」といえば，直前で言及された人のことを表すのだから，直前に「国」の話をしていない文脈でいきなり「この国」と言われても戸惑うわけだ。</p>
<p>しかし，思い返すとこの表現はなかなかよかった。「我が国」という言葉の，力こぶの入り方，時として不遜・傲慢なひびき，内輪意識，そういうものが「この国」という淡泊な言い回しにはすっかり消えていて，無色透明な客観性が新鮮であったのだろう。時には胸をそらせて「我が国」という言い方をしたい気持ちもわかるが，何の思い入れもこめない語り口は案外日本語には欠けていて，なにかと重宝する表現なのだ。</p>
<p>You は「あなた」ではない。相手が同性だろうと異性だろうと，親･兄弟だろうと，一国の元首だろうと，何の敬意も持っていなくても，けんかを売るのでなくても，さらりと使える言葉である。「この国」という言葉も，とかくいろいろなニュアンスで着色されやすい「国」という名詞をきれいに脱色する表現であるように思えた。「この国」にどんな思い入れがあろうがなかろうが，そんなことはとりあえず脇に置いて語り出すことができる。もちろん，ことばはたとえ漂白されていようと，時がたつにつれて色がついていく宿命にあるのだけれど。</p>
<p>いつの間にか，「この国」という言葉は日本語の一部として市民権を得ている。最初に使用したのがいつ・誰なのかはよく知らない。少なくても，普及するに当たっていちばん貢献したのは，やはり司馬遼太郎，とくに一連の『この国のかたち』シリーズだろう。「我が國の國軆」とは違う，頭に血が昇った至情とやらとは別の語り方にふさわしいことばが「この国」，「かたち」であったのだと思う。</p>
<p>市民権を得たとはいえ，まだいくらか改まった文脈で登場する語彙である。日常会話でそれほどお目にかかるわけではない。以前大河ドラマで徳川慶喜（今をときめく本木雅弘）が「この国」を連発していたが，どこか「この国」行く末を考える時にふさわしいことばになってしまった。「色を抜いた」表現であっても，「色を抜いた」色がついているというべきか。</p>
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