Where are we going?

大学入試と英語学習のバックアップ・サイト

2009年3月
« 2月   4月 »
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031  

ブログ・カテゴリー

すべて開く | すべて閉じる

ブログ・アーカイブ

Others

意味がたくさんありすぎる! その2 (ONE POINT at a time : Mar. 24)

3月
2009
24
この記事の印刷用バージョン

= いろいろな as (その2)=

前回につづいて,as のはなし。前回は総論と接続詞のasで終わりました。

ということは,関係代名詞,前置詞,副詞 が残っています。

 

関係代名詞の as

関係代名詞の as は大きく分けて2つに別れますが,2つめはあまり品詞を気にしなくてもいいもの,1つめはそこそこだいじなものです。繰り返しますが,関係代名詞かどうかの識別は,《関係代名詞+不完全文》になっているかどうかです。つまり,as の後ろに動詞があって as節を作っているのに SかOかCかのどれかが欠けていれば,そのasは関係代名詞[1] だということです。

 

1. 「・・・ことだが」 (主節に対するコメント付加)important

as is often the case with ~ 「~にはよくあることだが」 という表現はよく入試問題で使われる熟語です。これをすでに知っていれば話はかんたん。この as が関係代名詞です。as is well known 「よく知られていることだが」, as was expected 「予想されていたことだが」などのように, as + 不完全文(上の3つではすべて主語が欠けている。つまり as が主語の働きをしている。)になっています。訳は「・・・ことだが」という形で問題に出てくることが多いですが,「・・・ように」と訳したって何の問題もありません。

As was expected, he has turned out to be a skillful surgeon. 予想されていたことだが(予想どおり),彼は有能な外科医になった。

この例文のように,関係代名詞は主節(ここでは he has 以下)の中に含まれず,主節の前や後ろに置かれ,多くの場合カンマで区切られています。

関係代名詞はふつう先行詞があるとされていますが,この場合の先行詞は何でしょうか?ふつう,「この種の関係代名詞の as の先行詞は,主節の意味内容である」ということになっています。つまりこの as はwas expected の主語の働きなのですが,じゃあ「何が予想されていたのか」というと,「彼が有能な外科医になること」が予想されていたわけですから,その「彼が有能な外科医になること」=主節の内容ということになります。わかりにくいですか?当然です。たいして重要なことではありません(こういうのを出題する大学もあるのですが,それは問題が悪い!)。理解してほしいのは,この as 節は主節にコメントを付け加えるためのものだ,ということだけです。「彼は有能な外科医になったよね,まあそれって予想はされていたことだけどさ。」

 

2. 「・・・と」「・・・ような」 (the same ~ as, such ~ as, as ~ as )

the same A as …. 「….と同じA」  such A as …. 「….のようなA」

as ~ as ….  「….と同じくらい~」 の as を関係代名詞と呼ぶことがあります。as の後ろが不完全文の場合です。以上,終わり。((これらの as はもともとは接続詞(as ~ as や the same ~ as の場合)だったり,前置詞だったりします。後ろに動詞があるのに不完全文だと,関係代名詞としか呼びようがないのでそう呼んでいるということです。でもそれは,品詞分類するとどうなるか,という問題であって,意味を理解しておけばいいだけです。))

 

前置詞の as

後ろに動詞がなく, as + 名詞 になっている時は前置詞の as で,ほとんどの場合 「~として」と訳します。他の as との識別さえつけば,いちばん簡単です。

 

副詞の as

as + 形容詞 or 副詞 がセットになっていれば,副詞の as です。意味は「同じくらい~」。 as ~ as … 構文のひとつめの as がこれです。ふたつ目の as 以下は場合によっては省略可能です。

You know he is 185 cm, but she is as tall. 「彼女も同じくらいの身長だよ。」

 

 

問題 1

次の文の as と同じ用法のものをイ~ホから一つ選べ。(獨協大)
Do in Rome as the Romans do.
イ. I found the same watch as he had often shown me.
ロ. As is often the case with him, he is absent today.
ハ. She told us stories, as we walked along.
ニ. The girl’s father allowed her to do as she liked.
ホ. This is the English language as it is spoken in London.

← 【 答 1 】

 

問題 2

下線部(7)と同じ用法の’as’を次の(イ)~(ニ)の中から1つ選び,その記号を解答欄にマークしなさい。(学習院)

Although Rodin’s works were criticized when he first began working, (7)as time went on French people began to like his statues very much.
(イ)  As she had been up since 3 am, she was very tired.
(ロ)  As the sun rose, the fog gradually disappeared.
(ハ)  I am returning your letter as requested.
(ニ)  We were sitting, as I remember, in an Italian restaurant.

← 【 答 2 】

 

問題 3

下線部(ア)と(イ)のそれぞれの"as"と同じ用法の"as"を含む文を1~5の中から1つずつ選びなさい。 (慶應大・理工 改題)

The term "speculation" has acquired a *pejorative meaning among some scientists. Describing someone’s ideas (ア)as "mere speculation" is often considered insulting.

*pejorative:軽蔑的な

———————————————————

The most basic questions about the human mind ― How do we recognize faces? Why do we cry? Why do we laugh? Why do we dream? Why do we enjoy music and art? ― remain unanswered, (イ)as does the really big question: What is consciousness?

 

  1. She is looking for a man who accepts her as she is.
  2. We had completely misjudged the situation, as we later discovered.
  3. Try as she would, she could never bring back to mind a word of what he had said.
  4. We regard him as the best doctor here.
  5. I can speak English as well.

← 【 答 3 】

 


  1. 「関係代名詞」ということばについて: 「関係代名詞」を定義すると代名詞でありながら,「関係」させる働きも持つもの,ということです。「代名詞」は,文中で必ず主語か目的語(前置詞の目的語も含む)か補語になるという性質を持ちます。また「関係させる」というのはその部分だけで独立した文にはなっておらず,前や後ろとつながっている,ということです。かんたんな 例を挙げて見ましょう。 
    The book that I read yesterday is "Kokoro." 「私が昨日読んだ本は『こころ』です。 」
    The people who didn’t go there yesterday missed a fantastic experience.  「昨日あそこにいかなかった人は,すばらしい経験をのがしてしまったことになる。」
    という文において考えると,that I read yesterday やwho didn’t go there yesterday だけでは文になっていません。前のthe bookと関係づけられています。しかも,that 自体はその節の動詞readの目的語にもなっています。そして,that 自体がreadの目的語なのだから,thatの後ろでは目的語が欠けている,つまり不完全文になっているわけです。
    目的語などになる(つまり名詞・代名詞の働きを持つ)+前後と関係させる働きを持つ=関係代名詞 なわけです。 [▲ 戻る]

 

 

関連する投稿

by rickie | Posted in 英語ワンポイント | No Comments »

WordPress の CSS を Windows Live Writer で使う

3月
2009
23
この記事の印刷用バージョン

最近まで気づかなかったのだが,Windows Live Writer がバージョンアップしていた。

Windows Live Writer はブログ用ワープロみたいなもので,ローカルではこのアプリで下書きを作ってから投稿するしくみだ。各ブログに対応している。Microsoft 製。無料。もちろんぼくがこのサイトに使っている WordPress にも対応している。WordPress 自体も TinyMCE という WYSIWYG エディターを内蔵しているのだが,余計な動作をすることがあるので,ふだんは切っている。ちょこっと書き留めるのに,サイトにアクセスするのも煩わしい。時代は,何でも Web 上でやるという流儀らしいのだが,Web 上にパーソナルデータを置くのをためらうぼくはすでに時代遅れなのかもしれない。

バージョンアップして WLW2009 となったのは昨年末か今年の初め頃らしい。ところが,このパージョンアップがイマイチなのだ。

いくつか改善点もある。文字色をワンクリックで変えられるとか,自動的にリンクに変換できる文字列を設定できるとか。でも,「なぜ前のバージョンでふつうにできてたことができなくなっちゃったの」というところがいくつかある。

まず何と言っても,スペルチェック機能が日本語にまで適用されてしまうところ。リアルタイムでのスペルチェックをオンにしていると,MS-Word と同じようにスペリング・ミスの箇所に赤い波線のアンダーラインがつくのだが,これを日本語にまでつけてしまう。バージョンアップ前は,日本語と英語が区別できたのに。

もうひとつ,もとの WLW はブログのCSSを読み取って,フォントやレイアウトの一部をローカルに再現できたのに,なぜかそれがうまくいかずフォントがゴシック系の日本語フォント(デフォルト・フォント)に固定されてしまう。これがうちのWordPressだけに固有な現象なのかどうかは不明。

特に,このサイトは日本語英語が多量に混在するページが多いから,スペルチェックがバックグラウンドで動かせないと痛い。

 

WLW 以外のブログ投稿ソフトには,

ScribeFireXfy Blog Editor がある(きっとほかにもあるでしょう)。

前者は,Firefox 上でプラグインとして動作するアメリカ製ソフト(日本語化されている),後者はジャストシステム製のスタンドアローンのアプリケーションで,どちらも WLW と同等かそれ以上の機能を持っている。特に ScribeFire が使いやすそうだ。スペルチェッカーは Firefox のプラグインを使う。

 

ところで,WLW の表示フォント問題は,その後解決した。 C:\Program Files\Windows Live\Writer\template\ にある defaultstyle.css をバックアップした上で,ブログの css と取り替えてしまうという荒療治だ。ただし,もとの defaultstyle.css にある下の部分を font-family の部分を取り除いて,新しいdefaultstyle.css に貼り付けておく(タイトルフォントのサイズと文字領域)。


.title
{
	margin: 10px 5px 10px 5px;
	font-family: {title-font};
	font-size: 20px;
}

/* content section of the post */
.body
{
	margin: 5px 5px 5px 5px;
}

これで,画像以外のスタイルシートが WLW に適用できる。(って,こんなんでいいのか?)

CSS で指定した画像が取り込めるのかは不明。いまのところできてない。

 

関連する投稿

by rickie | Posted in サイト運営ログ | No Comments »

意味がたくさんありすぎる! (ONE POINT at a time : Mar. 19)

3月
2009
19
この記事の印刷用バージョン

= いろいろな as (その1)=

今回は,標準的高校生レベルです。つまり,あんまりむずかしくない(ハズ)。

いろんなところで見かける as ですが,いちばん基本レベルとしては,その as の品詞は何かを見分けられるようにしてください。主なものは,1. 従位接続詞 2. 前置詞 3. 関係代名詞 4. 副詞 の4つです。1 と 3 は,その中でさらにいくつかに分類できますが,その前にこの4つのどれなのかを指摘できるようにすることが先決です。意味から考えるのではなく,どのように前後とつながっているかで品詞を判断します。

  1. 従位接続詞の as ― 後ろには, S + V の完全な文が来ます。
  2. 関係代名詞の as ― 後ろには不完全な文が来ます。
  3. 前置詞の as ― 後ろには,名詞が来ます。
  4. 副詞の as ― 後ろには,形容詞か副詞が来ます。

そして,それぞれの意味は,

A. 従位接続詞のばあい

  1. 「・・・ので」 (理由)
  2. 「・・・時,・・・すると,・・・しながら」 (時・同時性)
  3. 「・・・ように,・・・と同じように」 (様態)
  4. 「・・・するにつれて」 (比例)
  5. 「・・・と」 (as ~ as の後ろのas)
  6. 「・・・けれども」 (譲歩)
  7. 「・・・限りでの」(名詞の限定)

B. 関係代名詞のばあい

  1. 「・・・ことだが」 (主節に対するコメント追加)
  2. 「・・・と」(the same ~ as) 「・・・ような」 (such ~ as)

C. 前置詞のばあい

  • 「・・・として」

D. 副詞のばあい

  • 「同じくらい・・・」

 

接続詞の as か関係代名詞の as か

1 従位接続詞(後ろは完全文)と 2 関係代名詞(後ろは不完全文)が区別しにくいかもしれません。

完全文とは,SとかVとかOとかCとか,必要なものは全部そろっている文,不完全文とはSかOかCのどれかが欠けている文です。たとえば,as he knows everything about it ならば,as のうしろはS(=he), V(=knows), O(=everything) がすべてそろっていて完全文,as is known ならば,as の後ろは V(=is known) だけしかないので,Sが欠けている不完全文ということになります。

また,完全文なのか不完全文なのか判別しにくい場合があって,それは as の後ろには S + V はあるのだけれど,O (つまり,「~を」の部分)が欠けているのかいないのかわかりにくい時です。Oが必要な動詞を他動詞,不要な動詞を自動詞と呼ぶことは知っていると思いますが,他動詞なのにOがなければ「欠けている」と判断することになります。つまり,その動詞が自動詞か他動詞か知らないと判別できないわけです。たとえば,as you know という場合はyou knowは完全文でしょうか,不完全文でしょうか。じつはこれはちょっと微妙で,まあどっちでもいいでしょう。意味も「あなたも知っているように」と「あなたもご存知のことだが」とではたいして違いません。

 

接続詞の as の意味の識別

as + 完全文 ならば,as は従位接続詞(whenとかifとかbecauseとかと同じタイプの接続詞)です。でも,意味がいっぱいあるんですよね。慣れないうちは,読みながら片っ端から意味を当てはめて,どれがいちばんスッキリ読めるかを考えてください。なかなか苦労するはずですが,慣れてくるとイッパツで決められるようになります。そのセンスを養うのがだいじです。

逆に書く時には,as をあまり使わない方が安全かもしれません。いろんな意味があるので,誤解されやすいからです。

1. 「・・・ので」(理由を表す)

理由を表す点では,同じく従位接続詞である because や since と似ています。ただし,

  • やや固い表現になり,その点で他の2つとは異なる
  • 理由は理由でも,聞き手・読み手も知っている理由を表し,その点で because とは異なる

の2点が注意です。「聞き手・読み手も知っている」(旧情報といいます)理由というのは,たとえば As it rained yesterday, と言うと「昨日は雨だったので」という意味ですが,気持ち的には「ほら,きのう雨だったでしょ,だから・・・」を少し固くした感じになるということです。「エジプトの砂漠では昨日5年ぶりに雨が降ったために」のような,知らない人に教えてあげる感じの重たい理由だと because が必要です。

英語では,旧情報は文の前の方,新情報は文の後ろの方に置く傾向があります。理由の as は旧情報なので,As … が文頭に来ることが多くなります。でも,後ろに来ることもあるのですが。

2. 「・・・時,・・・すると,・・・しながら」 (時・同時性を表す)

when や while に近いのですが,

  • けっこう幅広くばくぜんとした時を表せる
  • 主節と同時に行われたことを示す時に使われがちなので「・・・と」「・・・ながら」という訳がピッタリすることがある

というあたりが特徴です。主節と同時のことを表すので,「~してから,・・・した」というように時間にズレがある時には使いません(when なら使える場合もある)。

また,この as の後ろに 主語+be動詞が来る時,その主語が主節の主語と同じなら,主語+be動詞を省略することがあります。 as he was a child 「子どもの頃」は,as a child となります。

3. 「・・・ように,・・・と同じように」 (様態を表す)

主節の内容と as 節の内容の間には,何か類似関係,並行関係,比喩関係が存在していることを示します。主節とas節の内容が似ていたり,たとえになっていたりしたら,この意味ではないかと疑います。

Teachers sometimes make mistakes as students often do . 「学生がよく間違えをするのと同じように,教師だって時々間違えるのだ」

この場合,「教師が時々間違える」と「学生はしばしば間違える」が似ている関係になります。これをもっとはっきり述べるのが,

Just as ….. ,  so ~. 「・・・とちょうど同じように,~」(・・・と~はどちらもS+Vの完全文。この場合のsoは「そのように」という意味だが,訳さなくていい)

という公式です。

「まるで~のように」 as if ~ という表現の中の as も,もともとこの意味から来ています。

4. 「・・・するにつれて」 (比例関係を表す)

as の後ろが x, 主節が y とすると,y = f(x) つまり,x が変化するにつれてy も変化していくことを示します。当然 x の部分には,変化の表現,移行の表現,比較級を用いた表現などが来ます。

As he grew older, he became more and more obstinate. 「彼は年をとるにつれ,だんだん頑固になっていった」

grew も became も変化だし,比較級も使われていて,この as の典型的用法です。比較的見破りやすい as です。

5. as ~ as … 構文「・・・と同じくらい~」の後ろの as

前の as はあとで出てくる副詞の as です。 後ろの方は,「・・・と同じくらい」の中の「・・・と」の部分に当たります。as ~ as … ですから,これも見破りやすいでしょう。

この as も接続詞なのですが,後ろの文では省略が起きやすいので,その点では他の接続詞のasとは違っています。She is as tall as he. というのは,長く書くと She is as tall as he is. と言ってもいいわけです(*She is as tall as he is tall. とは言いません)。

6. 「・・・けれども」 (譲歩を表す)

多くの場合,S+V+C の文で使うのですが,語順に特徴があって,

     C as S + V   「S+V+C なのだけれど」

という形に必ずなります。

Kind as he was, there was something strange with him. 「彼は優しいことは優しいのだが,どこか変なところがある人だ」

Kind as he was  =  Though he was kind ということになります。

C のところに名詞が来る時は,無冠詞名詞(a や the がつかない名詞)にします。

King as he was = Though he was a king  というわけです。

S + V + C 以外で使う場合もあります。

Much as S + V  =  Though S + V

Try as S may(will)  「(どんなに)努力しても」

などは,熟語と考えてしまっていいでしょう。

また,文頭にもうひとつ as を置いて,As kind as he was のようにすることもあります。意味は同じです。

7. 「・・・限りでの+(名詞)」「・・・ような+(名詞)」「・・・+(名詞)」(名詞を限定する)

たとえば, the earth as we know it 「わたしたちの知る限りでの地球」「わたしたちの知っている地球」というような使い方で,直前の名詞にかかるという点で他とはかなり違っています。名詞にかかるので,まるで関係代名詞のような働きです。事実,「わたしたちの知っている地球」というのは the earth that we know とほとんど同じことです。でも関係代名詞なら後ろは不完全文,接続詞なら完全文のはずで,ここは we know it はitがあるので完全文です。

(つづく)

 

関連する投稿

by rickie | Posted in 英語ワンポイント | No Comments »

財布のてんまつ

3月
2009
18
この記事の印刷用バージョン

誰でも一度や二度は経験があり,したがって他人がその経験をしてもあまり同情もされず,「ははは,やっちまいましたか,それはそれは」と受け流されるのがオチなのだが,「やっちまった」本人からすれば人生の重大事であり,へたをすれば一晩眠れない夜を過ごさねばならないような事件というものがある。何と言うことはない,たとえば財布をなくすというようなことだ。

財布をなくしてしまった。夜にコンビニのレジで金を払おうとしたら財布がない。出がけに着替えた時に,財布を移し忘れたのだと思った。こっぱずかしいが,「すいません,財布置いて来ちゃって。取ってきますから,この商品置いといてもらえますか。いえ,5分か10分です。」とか言いつくろって家に戻ると,そこにも財布は見当たらないのだ。ただでさえ,書類やら本やら新聞やらが散乱した部屋を引っかき回し,山を崩し足場を掘り返しても,あるはずのものが出てこない。いつもならこれくらい探せば,人をあざ笑うかのようにひょっこり現れるものなのだが。高をくくって気分がだんだんと暗然としてくる。どこかで落としたのかもしれない。とりあえず鞄にあった千円札二枚をつかんでコンビニに戻った。

道すがら,自分の財布が道にころがっていないか,きょろきょろしながら歩いていく。むろんあるわけはない。ひょっとして気づかないうちに,コンビニのカゴに商品と一緒に入れてしまったのではないか。いや,そうだ。それしかない。バカだねー,俺も。店員が今頃笑ってるよね,などと思い決めてレジに戻ると,やはりないという。

またきょろきょろを繰り返しながらいったん家に帰って,発掘作業を再開。だんだんと軽い絶望というか,間歇的パニックというかが襲ってくる。まあ,中の金額はたいしたことはないのだが,銀行から下ろしたばかりだし,カードがいっぱい入ってるし,免許証もあるし,回数券も買ったばかりだし。発掘が部屋の整頓作業に拡大しても,やはり見つからなかった。

最後に財布を使ったのは,近所の別の店。あそこのレジの時点までは確実にあったのだから,金を払って財布を胸ポケットにしまった時にずり落ちたか,ちゃんとポケットに入りきらないまま歩き出して帰り道の途中に落ちたのか。その店が最後の頼みの綱で,人通りの少なくなった夜道を右に左に目を凝らしながら歩いていく。

もし見つからなければ,あちこちに電話をかけてカードの停止を請求しなければならない。ああ,めんどくさ。銀行は最近は10万以上の引き出しに本人確認が必要になったので,被害額は大きくはなりそうにない。すると問題はカードか。

「落とし物ですか。届け出はありませんけど。」と店のバイトのあんちゃんは言う。万策つきてしまった。

見つからないとすれば,前後の状況から盗まれた可能性は低い。すでに誰かが拾っているということか。拾った人がふつうの人なら警察に届けるだろう。免許証が入っているからすぐに警察から連絡が来るはず。この時間では届けにくいから,届けるのは明日の午前中。だとすれば昼には連絡が入る。それまで待って,そこから銀行やカード会社に連絡ということになる。ひょっとすると近所の人が免許証の住所を手がかりに直接届けてくれるかもしれない。お礼は1割だっけ。それとも2, 3割?手続きのめんどくささを考えれば,数千円出してもいいか....

 

すでにおわかりのこととは思うが,ヤツは意外なところから現れた。そういうものだ。

あきらめて家に戻って,あしたの手続きの順番など考えながら,しかたない,気分を切り替えて風呂でも入ろうと思ったら,その風呂場から出てきたのである。

実はコンビニに行く直前に昨日の風呂のお湯を抜いたのだが,そこでかがんだ際に胸ポケットから落ちたらしいのだ。ヤツは風呂場の手桶の中にすっぽりと収まっていた。

その時のうれしさと言ったら。まるで人生の憂さがすべて晴れ,悩みは消え,輝かしい未来が開かれたかのようだった。財布をなくして,それを再発見する,そんな愚かしくも日常的な出来事から,こんな心の底からの歓喜がやって来るとは,そちらの方が驚きでもある。

何の教訓も得たわけではない。自分の人生が少しでも前進したわけでもない。ただ自分のせいで,ちょっとした落とし穴に落ちて,1, 2時間で元に戻ったにすぎないのだが,けっきょく人はこういうことを繰り返して嘆いたり,喜んだりして生きているのだろうか。同じ場所で転落と回復を何度も経験しながら,そんなことからもちょっとした歓びは得られる。じつにくだらないのだが,それはそれで,まあいいか,というような気がする。自分の人生はまるごと肯定する主義なのである。

 

関連する投稿

by rickie | Posted in 雑記 | No Comments »

『外国語学習の科学 ― 第二言語習得論とは何か』

3月
2009
17
この記事の印刷用バージョン

著者:白井恭弘 |出版社:岩波書店(岩波新書)|2008年|700円|高校生・英語教師・一般向け|独断的おすすめ度 ★★★☆

外国語はどう学ばれるか,どう学ぶのがいいのかを研究する学問が「第二言語習得論」です。通常,言語学の中の応用言語学という学問の一分野と位置づけられています。

「外国語をどう学ぶか」を考える上では,この学問で明らかにされたこと,されていないことを踏まえないと有益な議論はできないはずですが,専門書以外の一般向けの本はあまり見当たらないのが現状のようです。このサイトで取り上げた本としては,

は,一般の外国語学習者にも役に立つ本だと思います。ここで取り上げる『外国語学習の科学 ― 第二言語習得論とは何か』は,上の『外国語学習に成功する人,しない人』と同じ白井氏の本です。後書きにもあるとおり,この本は『成功する人,しない人』を岩波新書用に書き換えたもので,「続編」とはいえ,内容的にはほとんど重複していますから,どちらかを読めばいいでしょう。こちらの岩波新書の方が全体的には読みやすいかもしれません(それに手に入りやすいですし)。この学問の全体像を手際よくまとめてあり,前著と同様かそれ以上にすばらしい入門書になっています。内容的には,『外国語学習に成功する人,しない人』についての記事をお読みください。

でも,この学問で得られた知見を,ではどうやって具体的に実践したらいいのかは,かんたんに処方箋が出せる問題ではありません。この本でも(前著でも),筆者の観点からの「学習法」の一端が示されていますが,決定版になっているわけではないようです。「教室」でどのような学習が行われるべきかということと,「個人」がどのように学ぶべきなのか(独学)ということは,必ずしも一致しません。さらに高校レベルで何をすべきかとか,それをどう評価すべきか(結局は,大学入試をどうすべきか)とかいう問題が絡み合っています。

ちょっと,教師や生徒や親が個々人のレベルでは手に負えない問題なのですが,まずは議論の共通の土台が必要でしょうし,その意味でもこの分野の学問にはがんばって欲しいところです。

 

関連する投稿

by rickie | Posted in いろんな本, 一般の語学学習, 勉強法の勉強 | No Comments »

The Remains of the Day (Kazuo Ishiguro) — paperback review

3月
2009
13
この記事の印刷用バージョン

邦題 『日の名残り』|語彙レベル★★★☆|ストーリー★★★☆|知的興奮度★★★☆|前提知識★☆☆☆|対象レベル 英検準1級以上|ジャンル 純文学|258p.|英語

カズオ・イシグロはご存知だとは思いますが,現役のイギリス人作家です。生まれは日本ですが幼い頃からイギリス暮らしで,イギリス国籍を取得し,おそらく日本語もできません。ストーリーも文章も,「日本」を感じさせるものは何もないと言っていいでしょう。『日の名残り』は彼の代表作とされる小説で,アンソニー・ホプキンス主演で映画化されています。

まあ,あんまり劇的結末やらオチやらがある小説ではありませんので,ネタバレになるかどうかは気にせず書いています。気になる人はパスしてください。

 

舞台は1950年代イギリスの貴族の屋敷( Darlington Hall と呼ばれている。ただし,現在は Darlington 卿からアメリカ人の手に移っている) で,主人公 スティーブンス(Stevens)はそこに数十年勤める執事である。物語は,彼が休暇を取って,屋敷の所在地である Oxford からイギリスの最東端にある Cornwall に,かつて同じ屋敷で働き,今は結婚している Miss Kenton (旧姓)に会いに行く6日間の車での旅の中で進んでいくのだか,しかしほんとうの旅はむしろ彼の回想の中で進む。Darlington卿が健在で,StevensやMiss Kentonが忙しく働いていた戦間期のイギリスである。それは大英帝国の貴族的精神が最後の輝きをはなっていた時代でもある。小説は,その時代についてのStevensの視点からの回想を中心に展開する。

主人公Stevensは,執事という職にすべてを捧げている男で,一切の感情を表に出さないし,表に出さないことに誇りを持。雇い主であるDarlington卿は,第一次大戦の敗戦国たるドイツが,戦後賠償の支払いや経済破綻で苦しむのを見て,英米仏などの要人を屋敷に集めて調停をはかったりする。Stevensは,主人のこうした努力を支え,自らも大義と歴史に参画できることに無情の歓びを感じる。同じく執事を務めていた父親の死にまつわる動揺や,自分の Miss Kenton への想いを押し殺しながら,「執事」を務めあげる。

たとえば1923年のある日。この日は,屋敷内にヨーロッパ各国とアメリカの要人を集めてドイツ救済に関する重要な会議がDarlington卿によって主催される。階上の一室では,Stevensの父親の容態が悪化する。Miss KentonとStevensは,いつもながら感情的に行き違ったままである。会議では説得のむずかしそうに思えたフランス代表がおしだまったまま,平穏に終わりそうになる。しかし,最後にフランス代表はドイツ救済に異を唱えるのではなく,裏で会議の進展を妨害しようとしていたアメリカ人に非難を浴びせ,さながら古き良きヨーロッパによる新興アメリカの糾弾のセレモニーの様相を呈する(歴史の後知恵では,このリアリスティックなアメリカ人が正しいのだが)。その混乱のなかで,Stevensにはさらに,Darlingtonの友人の息子(結婚を控えた)に,「こどもはどうして生まれるのか」(?)という知識(the facts of life)を教える任務が課されるというコミカルなシーンがはさまる。そして,会議のさなかにStevensの父は死ぬが,息子は会議の世話の責任を最後まで果たす。彼はそれを「勝利」と呼ぶ。

Let me make clear that when I say the conference of 1923, and that night in particular, constituted a turning point in my professional development, I am speaking very much in terms of my own more humble standard. Even so, if you consider the pressures contingent on me that night, you may not think I delude myself unduly if I go so far as to suggest that I did perhaps display, in the face of everything, at least in some modest degree a ‘dignity’ worthy of someone like Mr Marshall — or come to that, my father. Indeed, why should I deny it? For all its sad associations, whenever I recall that evening today, I find I do so with a large sense of triumph.

「ただこれだけははっきりさせておこう。1923年の会議,特にあの夜は,わたしのプロとしての成長において転換点をなしている,とわたしが言う時,わたしなりのつつましい基準で述べているにすぎないのだ。とは言っても,あの夜,わたしに降りかかった重圧を考えれば,諸事に直面しても,わたしがマーシャル氏(名執事と呼ばれている人)や,さらにはわたしの父のような人こそふさわしい『威厳』という資質をわたしもまた少なくとも控えめな程度には示すことができたのだとまで言ったとしても,過度な思い込みだとは思われないだろう。いや,どうしてそれを否定できようか。あの晩のことを今日思い出すと,悲しい連想の数々にもかかわらず,勝利したのだという気分がいっしょにあふれかえってくるのだ。」

 

この小説は全編がStevensという視点から語られているのだが,この語り手は,「信頼できない語り手」という手法に属する。この小説の場合,語り手は事実を偽っているわけではない。ただ,事実の解釈が根本的にまちがっているのだ。彼の Miss Kenton への想いは紛れもなく恋愛感情なのだが,彼はそれを自らに対して許すことも認めることもしない。Darlington卿の行動は親ナチス・反ユダヤ的になっていき,彼はその間違いにうすらうすら気づいているのに「執事」としての立場に隠れるだけでなく,気づいていることにも気づいていない姿勢をとる。読み手は語り手に対して,そういう態度,そういうことば,そういう解釈はないだろう,イライラしてくるのだが,そのイライラこそが作者の意図したことであろう。

Miss Kentonは,結婚して屋敷を去り,30年の月日が経過した後,つまりこの物語が語られている時点に再会するが,そこでもStevensは踏み出すことを自らに禁じたまま,最後の別離となる。

At first, my mood was — I do not mind admitting it — somewhat downcast. But then as I continued to stand there< a curious thing began to take place; that is to say, a deep feeling of triumph started to well up within me.

「はじめわたしの気分は,いくぶんの落胆であったし,それを認めるのにやぶさかではない。しかしそれから,そのままそこに立っていると,ある奇妙なものが生じ始めた。つまり,深いところから勝利の感情がわたしの中に湧き上がってきたのだ。」

 

英語の読みやすさという点でこの本を評価するのは,なかなかむずかしいような気がする。語り手は,もったいぶった,こっけいなほど凝った言い回しを駆使する。それは一昔もふた昔も前の大学入試のイギリス英語( Russell とかMaughamとか Lynd とか)やこみ入った構文に慣れ親しんだ記憶のある人には,むしろ懐かしく楽しめるかもしれない。逆に,現代の口語的アメリカ英語しか英語だと思っていない向きには,むずかしく見えるかもしれない。たしか斎藤兆史氏は,この小説を現代の名文に挙げていたが,名文かどうかはともかく名人芸の英文ではあると思う。

 

関連する投稿

by rickie | Posted in 英語を読む | No Comments »

ガンへの道をスパスパと (ONE POINT at a time : Mar. 12)

3月
2009
12
この記事の印刷用バージョン

= 動詞 + one’s way =

今回のポイントは単純で,「熟語です」のひとことで片づけてもいいのだけれど,「生産性がある」熟語,つまり話し手・筆者が自分でそのパターンを使って新しい熟語を作り出すこともできるような熟語です。

動詞 + one’s way + 方向を表す副詞句 「Vして,・・・へと進む,向かう」

これだけ。

このタイプでいちばん無色に近いのが,

make one’s way to[toward] ~ 「~へ進む」

という熟語です。

I managed to make my way to the counter. 「なんとかカウンターのところまで進んだ。」

さらに,この熟語の make のところを他の動詞に変えると「Vして[しながら]進む」というように,「進む」という意味を保ちつつ,ニュアンスが少し変わる熟語を作り出せます。たとえば,push one’s way だと「(人を)押し分けながら進む」, grope (手探りする)を使えば, grope one’s way 「手探りで進む」となります。

COBUILD 英英辞典での説明は,こんなかんじです。

You use way in expressions such as push your way, work your way, or eat your way, followed by a prepositional phrase or adverb, in order to indicate movement, progress, or force as well as the action described by the verb.

「push your way, work your way, eat your way のような表現と,それにつづいて前置詞句や副詞を置けば,その動詞で表される行動とともに,運動,進行,無理やりの前進などを示すために使うことができる」

自分で造語することも可能なほどいろいろな動詞と組み合わせることができます。「進む」を出世・成功などの比喩的な意味で使うことも多いようです。「ジーニアス大英和辞典」に載っている例では,

  • elbow [shoulder, thread, wheel] one’s way 「ひじで押して[肩で押して,縫うように,車で]進む
  • struggle [force, push, thrust] one’s way  「もがくように[押して]進む」
  • pick [work, labor] one’s way   「用心して[骨折って]進む」
  • steal one’s way 「こっそりと進む」
  • muscle one’s way   「強引に押し進む,強引に割り込む」
  • feel [grope] one’s way in the dark   「暗がりの中を手探りして進む」
  • laugh one’s way through life 「笑って暮らす」
  • study one’s way to academic fame 「研究で学問上の名声を博する」

どれも way には必ず所有格が前につくことに注意してください。たとえば, make one’s way は「進む」ですが, make way (for ~) だと,「(~に)道を譲る」の意味です。他人に道を作ってあげる,ということになります。

【 問題 】

1. かっこ内に入れるのに適切なものを選びなさい。

They (      ) the crowd and onto the train. (湘南工科大)
  1.pushed their way through     2.pushed through their way

  3.pushed their through way     4.pushed way through their

 

2. 日本語の意味になるように,かっこ内に1語入れなさい。(学習院)
彼は人ごみの中を押し分けて進んだ。
He elbowed his (               ) through the crowd.

 

3. 下のうちから適切なものを選び,語形を変化させてかっこ内に入れなさい。
He (               ) his way up the political ladder to the highest position in the land. (立教大)
   close      escape     finish   give     live     make

 

← 【 答 】

 

むかし, Smokers are puffing their way to cancerous death. という表現に出会ったことがあります。「喫煙者は,スパスパと癌で死に至る道を歩んでいる」 ( puff は「(息や煙を)出す,吹く,プカプカやる」)

うまい表現だなぁー。そうつぶやきながら,感心していつものように手元のタバコに火をつけました。

 

関連する投稿

by rickie | Posted in 英語ワンポイント | No Comments »

If an elderly but distinguished scientist says that something is possible he is almost certainly right, but if he says that it is impossible he is very probably wrong. (Arthur C. Clarke)

3月
2009
10
この記事の印刷用バージョン

「年はとっているが高名な科学者が,しかじかのことはある得ることだと述べる場合,彼はほぼ確実に正しい。しかし,そんなことはあり得ないと言う場合には,おそらく彼は間違っている。」 (アーサー C. クラーク)

  • elderly   「お年寄りの」 old の婉曲語
  • distinguished  「すぐれた,著名な」

 

年をとるとともに,人は知識と経験と自信とを積み上げていく(ものだと思われている)。そのうちの幸運な人は,さらに評判・名声・信頼,場合によっては財産も獲得できる。そうやって達人やら名人やら師匠やら権威やら,つまり成功者として自らを確立できるわけだ。しかしそのように得た成功報酬は,同時に彼にとっての限界となる。守らねばならない壁であり,自らを閉じ込める牢獄である。だから,それを打ち壊しにかかっていると彼(または彼女)が考えるものに対しては,本能的に反応する。「そんなことはありえない。」

もちろん,ものわかりがいい権威というものも,あまりありがたくはない。若者にとっては,いどみかかる壁は高い方がいい。「そんなことはありえない」と言われて,すぐにかしこまってしまうような主張ならば,それはやはり「ありえない」のだ。壁は,人間がこれまでに積み上げてきた知識や経験の総体なのだから,かんたんに壊れてしまっても困る。壁が壊れれば,その壁の中で暮らしている人類全体のダメージがあるかもしれないのだ。

問題は,権威には常に権力がつきものであるということかもしれない。といって,権力を持たない権威というものも存在しないのだが。

 

関連する投稿

by rickie | Posted in 引用 | No Comments »

The Gettysburg Address の英語解説

3月
2009
6
この記事の印刷用バージョン

ノーベル文学賞受賞者でもある小説家ウィリアム・フォークナー (William Faulkner) はアメリカ南部出身ですが,戦後の日本を訪問した際に,敗戦国日本の国民のメンタリティーを南北戦争後の南部人のそれにたとえたことがあります。そこから新しい文化が生まれるとも言っています。「戦争に負ける」ということがどういうことなのか,経験をしたことのない国民にはなかなかわからないでしょうが,かくいう我々も半ば以上忘れているようです。

 

Confederate States of America の国旗

Confederate States of America の国旗

アメリカの南北戦争(the Civil War)は,1861年に始まりました。サウスカロライナ,ミシシッピ,フロリダ,アラバマ,ジョージア,ルイジアナ,テキサス,バージニア,アーカンソー,テネシー,ノースカロライナの11州がアメリカ合衆国から離脱し,あらたにConfederate States of America (アメリカ連合,南部連合などの呼び名がある)を結成し,リンカーン大統領(Abraham Lincoln)率いる北部との内戦(a civil war)に突入しました。

南軍の士気は北軍を上回り,当初は南軍優勢で戦局はすすみました。しかし戦争が長引くにつれ,経済的な国力で優位に立つ北部が挽回しはじめ,ついに1965年,南部は降伏します。アメリカで唯一の内戦であるこの戦争はアメリカ人,特に敗者となった南部の人々の心に大きな傷跡を残しました。

ゲティスバーグの戦いはこの戦争の転換点になった戦闘で,ペンシルヴァニア州ゲティスバーグを中心として,3日間にわたり展開された南北戦争最大の激戦といわれています。これ以前には,北部は押され気味でしたが,これ以降は北部が連勝していきます。

この戦いの4ヶ月後,戦没者慰霊のための式が同地で開かれ,その際にリンカーン大統領が行ったスピーチが「ゲティスバーグ演説」です。

以下にあげるのがその全文と和訳と解説ですが,大統領のスピーチとしてはごくごく短いものですね。最後の一節はあまりにも有名ですが,歴史的背景を踏まえておかないと,その意義はとらえ損ねてしまうかもしれません。

 

Gettysburg, Pennsylvania
November 19, 1863

Four score and seven years ago our fathers brought forth on this continent, a new nation, conceived in Liberty, and dedicated to the proposition that all men are created equal.

Now we are engaged in a great civil war, testing whether that nation, or any nation so conceived and so dedicated, can long endure. We are met on a great battle-field of that war. We have come to dedicate a portion of that field, as a final resting place for those who here gave their lives that that nation might live. It is altogether fitting and proper that we should do this.

今から87年前に,我々の父たちはこの大陸に新しい国家を打ち立てました。「自由」の理念から生まれ,「すべての人は生まれながらにして平等である」という命題を至高とあがめる新国家を。

そうした国家が,あるいはこのような理念から生まれ,このような命題を信じる国家はいかなる国家であろうと長く存続できるのか,それが試される大きな内戦の渦中にいまわたしたちはいます。わたしたちがいま集っているのは,そういう戦争の大きな戦場のひとつです。わたしたちがやって来たのも,そういう国家が存続できるようにとここで命を捧げた人々のための最終的な安住の地としてその戦場の一画を捧げるためです。このおこないはまったくふさわしく,また当然のことでしょう。

 
  • score   「20」 four score で80 を表す。score はdozen 「12」と同じく,単複同形の名詞なので,* four scores にはならない。この演説が行われたのが1863年,その87年前の1776年にアメリカ合衆国は独立した。ちなみに, scores of ~, dozens of ~ はどちらも「何十もの~」の意味で,これらは複数形で使う。
  • our fathers  いわゆる「建国の父」( founding fathers )のこと。
  • bring forth   「~を生み出す,引き起こす」 目的語は a new nation
  • conceive  「(子どもを)はらむ」 このconceived とdedicated は a new nation にかかる。 conceive は日常語では「想像する」の意味が有名だがここは違う。
  • proposition that …   「・・・という命題」 that は同格節を導く
  • all men are created equal  「すべての人は平等に造られている」 equal は補語で, create O + C  「(神などが)OをCの状態で造り出す」 「建国の父」のひとりであるトマス・ジェファソン(Thomas Jefferson)の起草になる独立宣言の中のもっとも有名なことばが,We hold these truths to be self-evident, that all men are created equal 「すべての人は生まれながらにして平等であるという真理をわれわれは自明なものと考える」で,アメリカ人なら誰でもこのことばを知っているでしょう。
  • be engaged in ~ 「~に従事する」
  • civil war  「内戦」
  • testing whether …   「・・・かどうかを試す」 分詞構文
  • that nation, or any nation so conceived and so dedicated,   「そうした国家が,または,そのように生まれ,そのように捧げられたどんな国であれ」 2つの so + p.p.(過去分詞)がany nation を修飾。「アメリカであれ,アメリカ以外の自由と平等を国是とするどんな国であれ」ということ
  • endure 「長続きする,存続する」 (= last)
  • We are met  は「出迎えられる」「直面する」の意味が多いが,ここは We meet each other の受け身 We are each other met の意味と解釈しておきます。
  • a portion of  ≒  a part of
  • resting place   「休憩所,安息の地(= 墓場)」
  • that that nation might live = so that that nation might live 「その国が生きるために」 so that S may V  「SがVするために」の目的表現。 so (または that のどちらか)が省略されることがある。
  • It is altogether fitting and proper that we should do this  「わたしたちがこれをするのは,まったくふさわしく当然だ」 形式主語構文。 should は, It is natural(proper) that S should V という形で使われ,別になくてもいいのだけれど「意外感」を表す時に使うshould。

 

But, in a larger sense, we can not dedicate — we can not consecrate — we can not hallow — this ground. The brave men, living and dead, who struggled here, have consecrated it, far above our poor power to add or detract. The world will little note, nor long remember what we say here, but it can never forget what they did here.

しかし,もっと広い意味で考えると,この地を捧げること,この地を聖なるものとし,神に供することなどわたしたちにはできません。生きている人も死せる人も含め,ここで戦った勇敢な人たちによってすでに神に捧げられていて,それに付け加えることも差し引くことも,わたしたちの貧しい能力をはるかに越えることだからです。わたしたちがここで語ることなど,世界は注目もせず長く記憶することもないでしょうが,彼らがここで成し遂げたことは忘れ去られることは決してありません。

 
  • in a ~ sense  「~な意味で」
  • consecrate, hallow どちらも「(神に)捧げる」
  • this ground 「この土地」=前段で battle field, that field といっていたものを指す。これは dedicate, consecrate, hallow の目的語。
  • The brave men, living and dead, who struggled here 「ここで戦った,生きている,そして死んでしまった,勇敢な人たち」 兵士たちのことを指しているわけですが,リンカーンはこの演説で一度も,「北軍」「合衆国」にあたることばを使っていません。つまり,「南軍」「南部連邦」も含めて,brave men, nation といっているわけです。
  • far above our poor power to add or detract 「つけ足したり,差し引いたりする我々の貧しい能力をはるかに越えて」 above one’s power 「~の能力を超えている」 cf. above my understanding 「わたしの理解を超えて」
  • The world will little note, nor long remember what we say here 「世界はわたしたちがここで言うことに注目もしていないし,また長く記憶もしない」 動詞にかかる little は「ほとんどない」ではなく「まったくない」(=never)。 long = for a long time 。 what we say here は note と remember 共通の目的語。
  • it will never   it = the world

 

It is for us the living, rather, to be dedicated here to the unfinished work which they who fought here have thus far so nobly advanced. It is rather for us to be here dedicated to the great task remaining before us — that from these honored dead we take increased devotion to that cause for which they gave the last full measure of devotion — that we here highly resolve that these dead shall not have died in vain — that this nation, under God, shall have a new birth of freedom — and that government of the people, by the people, for the people, shall not perish from the earth.

ここで戦った彼らがかくも気高く前に推し進めた未完の事業に身を捧げねばならないのは,むしろ生き残ったわたしたちの方のなのです。むしろわたしたちこそが,目の前に残された偉大な責務に身を捧げねばなりません。偉大な責務,それはすなわち,これら名誉ある死者が最後で最大の献身を果たした理想に対し,それを彼らから引き継いでいっそうの献身を果たすこと。これら死者たちの死をけっして無駄にすることはすまいと決意を固めること。神のもとでこの国に自由の新生をもたらすこと。そして,人民の人民による人民のための統治をこの地上から死滅させはしないということなのです。

 
  • It is for ~ to V  「Vするのは,~の役割・義務だ」 ( ≒ It is up to ~ to V )
  • the living  「生きている人々」 the + 形容詞 「~な人々」
  • be dedicated to + 名詞・動名詞 「~に献身する・専念する」
  • the unfinished work which they who fought here have thus far so nobly advanced 「ここで戦った彼らが,このように高貴に前進させた,未完成の仕事」 unfinished 「完成していない」。 they who fought here 「ここで戦った彼ら」 they のような人称代名詞が関係節の先行詞になるのは今ではかなり古風な言い方。
  • the great task remaining before us 「わたしたちの前に残っている偉大な仕事(責務)」 この後の4つの that 節(―つき)は,このtask の説明。「責務,つまりAとBとCとDという責務だ」
  • from these honored dead we take increased devotion 「これらの名誉の死者から,よりいっそうの献身をひきつぐ」 この take は「受け取る,引き継ぐ」こと。 increased devotion 「増加した献身をひきつぐ」というのは,献身を引き継いでそれをさらに大きくすること。形容詞がこのように,動作の結果~になる,という意味を表すことがある。
  • cause  「大義,理想,主義主張」
  • full measure of ~ 「最大限の~,すべての~」 measure 「程度・限度」
  • resolve that S + V  「・・・・ことを決意する」
  • these dead shall not have died in vain 「これら死者たちが無駄に死んだことにはならないようにさせる」 主語が we, I 以外のshall (2, 3人称のshall)は,will とは異なり,「話者の意志」「第三者の意志」を表し,「~するようにさせよう」という意味。ここでは「死が無駄になるようにはさせまい」「死を無駄にすべきではない」ということ。 以下のshall も同じ考え方。have died となっているのは死が過去のことだから。「無駄に死んでしまった,ということにはさせない」というわけ。 in vain 「むだに,むなしく」
  • government of the people, by the people, for the people については,下を参照
  • perish 「滅びる,死滅する」

 

government of the people, by the people, for the people は,「人民の,人民による,人民のための政治・統治・政府」などと訳されています。

「人民による」というのは,統治主体が国民であること,つまり主権在民を表していますし,「人民のための」というのは統治の目的が人民の利益にかなうものでなければならない,ということでしょう。この2つがわかりやすいのに対し,「人民の」が何を言いたいのかは,実はよくわかっていません。of the people とはどういうことなのか。この of がどういうはたらきなのか,一般的に議論になっているのは,以下のような解釈のようです。

  1. 「所有の of 」
  2. 「起源の of 」
  3. 「目的格関係の of 」

1. は government of Japan のような「~が所有している」の意味です。government of the people という句では,The people has[have] the government. もしくは,The government belongs to the people. の関係が成り立つことになります。of 自体の意味としてはいちばん一般的と言ってもいいのですが,by the people の部分と意味がカブリそうです。

2. は be born of ~ 「(家系など)の生まれである,~から生まれる」とか,come of ~ 「~の出である,~から生じる」という時のof と同じ「~から」と訳せる起源・出身をあらわす of です。 The government comes of the people. の関係ということになります。ただ, come of ならまだしも,government of ~ だけでこの意味にとるのは少し苦しい気がします。

3. の解釈は,前の名詞が government であることから考えて,いちばん有力でしょう。 government は「政府」という普通名詞でもありますが,govern 「統治する」という動詞の派生名詞でもあり,この場合は「統治(すること),国などを治めること」という抽象的な意味を持ちます。

一般に,動詞の派生名詞の後ろに of ~ をつけると,(1) 「主格関係のof」 つまり,「~が・・・すること」という関係が成り立つ( love of mother 「母の愛=母が愛する気持ち」)場合と, (2) 「目的格関係のof」つまり,「~を愛すること」の関係が成り立つ( education of children 「子どもの教育=子どもを教育すること」)のどちらかの関係がことが多いわけです。この点は日本語の「の」も同じですからむずかしくないでしょう。

したがって, government of the people は「人民を統治すること」という意味に解釈するのが英語的には,すんなり理解できるところではあります。

もちろんこういうことばは,使用文脈をはなれて一人歩きを始めます。最初の話者はどのような意味で言ったのか。それを耳にした現場にいた人々はどのように受け取ったのか。広まった時点でどう解釈されていたのか。現代の英語国民ならどう受け取るのか。論理的にどう解釈するのが自然か。どう解釈するのが有益か。これらはすべて異なる可能性があり, それぞれが同じく正当性を主張し始めることもあります。「誤読」も創造的,という場合もあるでしょう。

 

 

 

関連する投稿

by rickie | Posted in 英語の作品を読もう, 英語を読む | No Comments »

英語の古本   英語学習情報 [全レベル向け]

3月
2009
5
この記事の印刷用バージョン

英語の本の値段は書店によってかなりばらつきがある。

日本の書籍は再販価格維持制度のため,ほとんどの本で定価が決まっていて,日本中どこで買っても同じ値段だ。アメリカでは書籍は肉や野菜と同じで,割り引きもできる。もともと価格が流動的なのだ。日本での輸入のしくみがどうなっているのかわからないが(「洋販」が破綻してしまったし),当然為替の変動の影響を受ける。一般の店頭の書店では,為替レートをリアルタイムで洋書の価格にリンクさせることはない。タイム・ラグもあるし,レートも店が適当に決めているようだ。

 

ネット書店もいろいろあるわけだし,ネットの古本屋も多い。日本でもアメリカでもそうだ。したがって,そういうのを探せばきりないのだけれど,品揃えとか信頼性とかアクセスのしやすさ,そして説明のしやすさから話をアマゾンに絞っておく。

アマゾンで洋書を買う場合,次の4つのルートが考えられる。

  1. 日本のアマゾンで,定価で買う
  2. 日本のアマゾンで,「中古商品」を買う
  3. アメリカのアマゾンで,new を買う
  4. アメリカのアマゾンで,used を買う

ほんとはこれに,さらにイギリスとカナダのアマゾンを使うという手もある。その他の書店でも同じ理屈なのだが,話を簡単にしておく。

この4つで価格の比較をして,いちばんリーズナブルなものを選ぶ分けなのだが,注意事項としては,

  • ペーパーバックとハードカバーを混同しないこと
  • 同じ本でも,特に大学の教科書・専門書などは版が頻繁に変わる場合があるので注意
  • 当然,海外から注文すると,日本よりも高い送料がつく
  • 米アマゾンの古本屋の場合は,日本に配送してくれるかをチェックしなくてはならない。Shipping の項目に"International shipping available." とあればOK。そうでないと個別に調べるなり,交渉するなりしなければならなくてめんどう。
  • 古書の場合は,質的にどの程度かは最終的には手に取るまでわからない

日本のアマゾンにある,古書店に対する評価を見る限りでは,日本の古書店に対するよりも,海外の古書店に対する方が評価が辛いようだ。僕は全然気にならないのだが,質が気にする人なら新刊の方がいいだろう。

海外からの送料のしくみがわかりにくい。1冊の小さな本でも十数ドルとられることもあれば,けっこう重い本なのに7ドル程度で済むこともある。まあ,$ 6.x あたりが下限のようだ。

 

さて,どれが一番安いのか。

これは送料がモノによってかなり違うので一概には言えない。

ベストセラー・日本でも手に入りやすいペーパーバックの場合,

  • 新刊の値段は,日米とも対して変わらないことが多い
  • 古本だと,特にアメリカでは激安の場合があるが,もとの値段が安ければ,送料を考えるとアメリカで買うメリットは少ない

専門書の場合は,日米差がないこともあるのだが,大きな差がつくこともある。

僕が今買おうかなと思っている本を例に挙げると,

アマゾン.jp の新刊で,約16000円 中古だと逆に上がって 24000円

アメリカのアマゾンなら, $43.55 ,古本の最低価格は $37.40

となっている。新刊どうしでも4倍程度の差がある。これほどの差がつくことはそれほど多くはないが,探してみる価値はある。

大学の教科書のような,卒業シーズンに大量の古本が出やすい本だとかなり安くなる傾向があるようだ。そういう本は,書き込みなどが多いのだが,安いからまあいいや,と僕は思っている。今まで買ったものの中に,アメリカの古書店なのになぜか書き込みが日本語のものが複数冊あった。日本人留学生諸君,けっこういい本だよ。日本に持って帰りなよ。

 

関連する投稿

by rickie | Posted in 英語学習情報(中~上) | No Comments »

« これ以前の記事 |